Ⅰ  昭和六十三年十一月① 朝刊紙受け

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 配達等で一日に数リットルの汗を掻くのだが、銭湯には週三、四回しか行けない。営業終了時間までに暖簾をくぐれないことも多々ある。夜のうちに三十分でも一時間でも長く布団の中で寝ておかねば、何より体がもたない。行けても、烏の行水になる。ゆっくりと湯に浸かれば、溜まりに溜まった疲れが一気に出てしまう。布団の中で深い眠りに就いてしまっては、午前三時に起きられなくなり、翌日の朝刊配達で己の首を絞めかねない。  四月は、大学の講義やゼミと、予想していたよりもはるかに厳しい配達に慣れるだけで終わった。五月になると、集金にも慣れてきた。六月は、雨中の配達に難渋しつつ、拡張の要領を掴みかけた。梅雨の長引いた七月は、大学の前期試験であたふたした。大学に行く必要のない八月は、暇さえあれば、疲労困憊の身心を休めるために寮の自室で寝てすごした。九月は、秋の長雨に苦しめられた。十月になると、九州人にはもはや晩秋に思える気候や低い日差しに寂しい思いをした。そして、十一月も下旬に差しかかっている。
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