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Ⅱ 昭和六十三年十一月② 夕刊配達の後
午後六時すぎに、最後の一部の夕刊を渡部さん宅の門先で七十年配の旦那さんに手わたし、「ありがとう。ご苦労様」と礼を言われた。
(今日は、良い日だった)
一郎は、ほっ、と息をつきながら、しみじみと思う。すでに日は暮れて久しく、晩秋の風が汗で湿ったジャージと濡れた下着に沁み入っている。
(晩飯の後に、まだ仕事が残ってるけどな。集金が忙しくないうちに、拡張もやっとかなきゃ)
日の短い今の季節の火曜日は、暗くなる前に夕刊配達を終えられない。大学の講義が四限まであるからだ。スペイン語の終了のチャイムが鳴ると同時に教室を駆け出、業務用自転車のサドルに跨り、勢いのままに約二十分、S大から寮までペダルを漕ぎまくる。自室で急ぎ着替えて販売店に向かい、自転車に新聞を積み始めるのは、早くて午後四時二十五分。他の曜日より、一時間以上も遅くなる。急ぎに急いで三百部強の夕刊を一時間半余りですべて配り終えるころには、ハーフマラソンを完走したような疲労感を覚えるのが常だ。
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