Ⅱ  昭和六十三年十一月② 夕刊配達の後

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 一郎は、襷にかけた黒革の集金バッグの中に、A六サイズの空色のノートとボールペンを常備している。読者管理の一環で、集金希望日や契約期間や家族構成といった情報を書き込むためだ。毎月の集金時に、受けた要望や配ったサービスの品もメモする。四つ年上の専業員で七区担当の三村を真似ていた。  配達だけでなく、集金にも順番がある。開始日の当月二十日から行ってもいい読者。民間会社の給料日の二十五日以降に行かねばならない読者。末日もしくは翌月明けに行かねばならない読者。概ね三つのグループに分かれる。  各読者の希望日に合わせ、移動の時間を節約しようと、なるべく配達順路に沿ってまわる。気の合う読者とは、世間話に花が咲くものだ。満開になってしまうと、尻に火が点きかねない。当月末日の集金率九十パーセントの〆をクリアするためには、夕刊配達後に三十枚を超える領収書を切らねばならない日が多くなってしまう。販売店で晩飯を食べ――雨の降る火曜日など、時間が押し迫った場合は、後まわしにして――、寮の自室で準備を整え、午後六時半ごろから集金を始める場合が多く、戸建てに住む読者は八時すぎ、アパートやマンションに住む読者は八時半すぎを目途に終えるのが望ましい。九時以降に訪問するのは、一人暮らしの男性か帰宅時間の遅い読者に限っている。    
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