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契約(3)♡
僕はルカにキスをした。
彼の噛みつくキスとは真逆に、大切なものに触れるようにそっと唇を重ねた。何度も優しく唇を捉えた後にそのまま首筋も愛撫すると、ルカは僕の腕にしがみついて、堪えきれずに吐息を漏らした。
「感じてるね…」
「んっ、や、やめ…」
必死に抵抗して、僕を押しのけようとする。
「それと、もうひとつ教えてあげるよ」
「な、何…」
「僕は、ゲイだよ」
キスの余韻に浸っていたルカは、呆然とした。
「そんなにショックだった?」
「だってこれじゃ、あの時と同じじゃねえか…」
ルカが呟いた。僕は小さな子どもに話しかけるように言った。
「でも、あの人と僕はひとつだけ違うところがある。僕を抱くか僕に抱かれるか、ルカは選ぶことができるんだよ」
僕はルカをからかったり、憐れんだりしていたわけじゃない。ただ、ルカを助けてやりたかっただけだ。ルカが僕を助けてくれたように。それに、その提案は僕にしか出来ないと思っていた。
板東の名前を聞いてピンときた。
作家だった彼もまた、僕と同じゲイだったと母さんが話していたのを思い出したんだ。ゲイであることに悩んでいた頃、母さんがそういう人もいると僕に教えてくれた。板東の人となりはともかく、僕はそれで心が軽くなったことを覚えている。
板東とどこでどう知り合ったのか、二人の間に何があったかは知らないが、ルカはもうとっくに死んだ板東に今でも嫌悪感を抱いている。
「僕を抱けば、少しは溜飲が下がるだろ?」
「どっちもって、そんな奴いるのか…」
「100年近くアップデートしてないんだろ。何でも少しずつ変わっていくもんだよ。君たちがこの世界で適応しているようにね。まあ、僕みたいなのは少数派だけど」
ルカは床に座り込んだ。
初めの勢いはもうなかった。そこにいるのはもはや怪物ではなく、うなだれた一人の青年だった。いや、少年と言ってもいいくらい、急に小さく儚いもののように思えた。
「ルカ、選べよ。急かすつもりはないけどさ」
「俺は…」
ルカは顔をあげて僕を見ると、またすぐに下を向いてしまったが、一瞬だけ見えたその瞳には彼の気持ちが表れていた。
「……おまえに、抱かれたい」
やっと聞き取れるほどの小さな声だけど、ルカははっきりと答えた。僕はしゃがんでルカの頭を撫でた。
「いいの?」
ルカは迷わずに頷いた。
「俺は、あいつにこんな体にされたんだ。ホントはおまえを俺と同じ目に合わせたかった」
「それがルカの言う『償い』なんだね」
「でも…、おまえのキス、好きだ。優しくて、安心する。あいつなんかとは全然違う」
「素直だな」
ルカは顔をあげて僕を真っ直ぐに見つめた。さっきまで僕を脅していた吸血鬼とは思えないほど、ルカは可愛らしかった。僕もそんなルカに優しくしてあげたいと思った。
「これでホントに契約成立だね。でも、何で100年も待ってたの。その間に男の人もいただろ?」
「俺は面食いなのっ」
恥ずかしそうにルカが言って、僕は呆れ返った。
じゃあ、最初から僕のこと、気に入ってたんじゃん
それじゃ意地悪なんて出来ないだろ
まったく、どこまで素直なんだか
「長い間待ってたわりには、いろいろとリサーチ不足だな」
「別にずっと板東にこだわってたわけじゃない。おまえのことだって、こないだ偶然見つけただけだし、あいつの末裔ならちょうどいいと思ったんだ」
「僕がゲイじゃなかったら、どうやって償わせるつもりだったの」
「…ケツに突っ込まれたくなかったら、俺の言うこと聞けよって脅そうかと思ってた」
僕はくすっと笑った。
「それじゃやっぱり抱かれる側じゃないか」
「わかってるよ。俺には無理だ。おまえにキスされた時に思った」
「ルカは自分が思ってるより、ずっと優しいんだよ」
「俺が?」
「初めて会った時から、ルカは優しかったよ」
吸血鬼に捕まったら死ぬしかないと聞いていた。僕を狙ったのがルカでよかった。ゆくゆくは食べられるとしても、ルカの言うことなら聞いてあげたいと僕は思っていた。
「2度目も僕を襲わなかったし。その代わりチョコを盗られたけど」
ルカはぺこっと頭を下げた。それから叱られた子どもみたいに小さくなったまま呟いた。
「…ごめん。あれ、すごい好きで」
「そうなんだ。じゃあ、今度買ってきてあげるよ」
勢いよく上がったルカの顔がぱっと輝いた。
「ホント? ゴトウは食べ過ぎるからダメだって、買ってくれないんだ」
「わかった、わかった」
子どもみたいにはしゃぐ姿に、僕は笑いながらルカの頭を撫でた。あの執事さんは意外と手厳しいようだ。
「ねえ。遼太郎も毎日チョコレート食べてよ」
「え。なんで?」
「遼太郎の血が美味しくなるようにさ」
白い牙を輝かせて、ルカが無邪気な笑顔で言った。
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