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契約(2)♡
不思議と僕は落ち着いていた。
ルカが空を飛んだ時から、人間ではないなと思っていたのもある。それに、何故だかルカを怖いと思わなかった。
彼は僕に酷いことをしない
そんな確信めいたものがあった。平然としている僕を、彼が訝しげに見た。
「驚かないのか」
「…じゃあ、何で助けたの」
「おまえは、俺だけのものだ。誰にも渡さない」
ルカが僕を見据えて言った。
言葉や声では虚勢を張っているけど、言ってる内容は優しくて、まるで…
「何か告白されてるみたいだね」
「…真面目に聞けって」
ルカは肩透かしを食ってため息をついた。
「おまえの何代か前に、板東誠之介って奴がいる。そいつが俺にしでかしたことの償いを、子孫のおまえが清算するんだ」
「…その人が君に何を?」
「俺はあいつに屈辱を味わわされたんだ。あいつの直系は全員早死にしてるはずだ。おまえの母親もそうだろう?」
「去年、死んだけど。でも、ルカが殺したわけじゃないだろ」
母さんは病死だ。
あたかも自分が呪い殺したみたいな言い方だけど…。
吸血鬼の威厳を保とうとしてるのか
彼らの前では、人間はただの食糧に過ぎない。
こんなふうに話す機会など、与えられることなんてないはずだ。それだけでも彼が他の吸血鬼と違うことがわかる。
それにルカを見ていると、まるで小学生の男の子が強がっているみたいで、何だかとても微笑ましかった。
ルカは気を取り直すように、グラスを傾けて喉を潤した。
「ともかく、おまえは俺から逃げられない。ただし、俺が手をつけるまでは、おまえのことは俺が守ってやる。他の奴らに奪われるわけにはいかないからな」
「何か愛されてる気しかしないな。今日は食べないの?」
ルカは呆れたようにフォークを肉に刺すと、立ち上がって僕の席に近づいてきた。
「どうもおまえと話してると調子狂うな」
「だって、今食べちゃった方が独り占めできるじゃない」
「俺はそれよりもおまえに償ってもらわないと、腹の虫がおさまらないんだ」
「そう。じゃあ、僕はルカに何をしてあげればいいの?」
「変なヤツだな。命乞いするかと思ってたのに」
「僕も不思議なんだ。吸血鬼は怖いけど、ルカは全然怖くない」
さすがにプライドを傷つけられたみたいで、ルカは僕を睨みつけた。紅い瞳が僕を射すくめると、初めて僅かに殺気を感じた。
「おい、あんまりなめんなよ。その気になりゃ、おまえ一人殺るくらい訳ないんだからな」
ルカはそう言うとテーブルに手をついて、僕の鼻先でニヤッと笑った。狼のような牙が見えた。
「これは言わば契約なんだ。俺とおまえの」
ルカは僕の顎に指を掛けるとキスをしてきた。これには僕も不意を突かれてしまった。
「つっ…」
鋭い痛みを感じて、僕はルカを振り払った。口元を手で覆うと、口の中で鉄の味がした。
噛まれた…?
「これで契約成立だな」
ルカはニヤニヤ笑いながら、唇に残った僕の血を舐めた。
突然、ルカが急に咳き込み始めた。
「ルカ…?」
声も出せないくらい苦しそうだ。僕は噛まれた痛みも忘れて、ルカの背中をさすった。
「大丈夫?急にどうしたの」
喉の奥でヒューヒューする息づかいの合間に、ルカが声を絞り出した。
「…おまえ、昼、何食った?」
「何って、にんにくは食べてないけど」
「馬鹿!そんなもんは、とっくに克服してんだよ。何年生きてると思ってんだ」
「僕、基本ベジタリアンなんだ」
ルカが目を見開いた。
「と言っても一番ユルいヤツだから、肉も食べたりはするけど」
「…んだよ、それっ。聞いてねえぞ」
「だって言ってないもん。聞かれてもないし」
「ふざけんなよ。俺を殺す気か」
「…もしかして野菜嫌いなの?口に合わなかったの?」
僕はそこで気がついた。
そうか
コーラとチョコレート
あの夜、チョコを持っていったのはルカだったんだ。
ルカが怖くなかったのは、優しくて可愛いからだけじゃない。甘いものが大好きで、野菜が嫌いな吸血鬼なんて子どもじゃないか。
「でも、契約しちゃったね。食べられそう?」
「うるせーよっ」
今やルカの立場の方が明らかに劣勢だった。まだ咳込みながら上目遣いで僕を見ている。強がっているのが手に取るようにわかる。
「ふふっ。ルカって可愛い」
「なっ…」
「君に脅迫なんて似合わないよ」
「ばっ、馬鹿にすんなよっ」
「チョコレート泥棒のくせに」
僕が言うと、ルカは耳まで赤くなった。
やっぱり子どもみたいだ。
僕は手を伸ばしてルカに触れた。ルカは一瞬びくっとしたが、僕を拒まなかった。
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