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パニックになる私に構わず、赤ちゃんは火がついたように泣く。
お母さんはどこ?!
あたりを見回すけど、誰もいない。
そうしてる間にも赤ちゃんの泣き方はどんどん激しくなるばかり。
とりあえず抱き上げよう!
私は意を決して、赤ちゃんに手を伸ばした。
赤ちゃんを抱っこするのなんて初めてで、そのあまりにも軽く頼りなく、だけどあたたかくてしっかりした存在感のその「物体」を、壊さないようにそーっと持ち上げた。
だけど赤ちゃんは一向に泣き止まない。
どうしよう、居心地悪いのかな。そりゃそうだよね、私だって怖いもん!
誰か助けて!
そんな訳で私は、兄の花堂貴見--貴兄に泣きついたのだ。
貴兄は推理小説家として執筆する傍ら、自宅の一階で「カフェ・一善」という喫茶店を営んでいる。
本業はあくまで推理小説家(あまり売れてない)だと本人は言っているけど、最近は別の仕事がちらほら舞い込んできて、なんだか忙しそうだ。
「推理小説を書いているくらいだから、探偵なんかもできるんじゃないか」と、近所の人がちょっとした困りごと解決の依頼を持ってくるその度に、貴兄は「自分は探偵ではない」と言い張っているのだけど……。
自宅兼職場の喫茶店に変な時間に帰ってきた私に向かって、
「おや、琴理。赤ちゃん産んだの?いつの間に?」
泣いている赤ちゃんと泣きそうな私とを交互に見遣って、貴兄は人の悪い冗談を言う。
「わ、私?!ちがっ…!!」
貴兄を見ると、その整った口元を隠して横を向いて笑っている。
揶揄われたことに気付いた私がムッとしていると、ようやく笑いを収めて目尻の涙を拭った。(私が一度ヘソを曲げると長いということを貴兄はよく知っている。)
「誰かの兄弟かな?ベビーシッターを引き受けるほどの子守のスキルは、琴理には無かったと思ったけど」
「その通りです!だから困ってるの。どうしよう、貴兄!」
私は今朝からの一連の経緯を貴兄に説明した。
貴兄は軽く頷きながら聞いていたけど、目線はその間も泣き止む様子がない赤ちゃんに釘付けだ。
「貸してごらん」
私が話し終わると、貴兄は私から赤ちゃんを抱きとった。
その姿を見て、私はあれ?と思う。なんだか妙に手慣れているのだ。その証拠に赤ちゃんはすぐに泣き止んで、貴兄をじっと見つめている。
「貴兄、なんで慣れてるの?まさか貴兄の子?!」
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