その七、課長になる

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その七、課長になる

「資質を計って下さい。きっと適正はありますから。いや、この俺以上に若返りの薬を必要としている人間はいません。むしろ、この俺の為にあるような薬ですから」  その言葉を黙って聞いた爺さんは眉根を寄せてタバコの白い煙を一気に吸い込む。  そして、一旦、大きく間をとった後。  大量の紫煙を口から静かに吐き出す。  辺りが白く煙り、一瞬だけだが、視界が遮られる。 「うむっ」  とだけ言ってから静かに目を閉じる。 「よかろう。では、主の資質を計るとしようか。では、あのTVを見よ。あそこに今までの、お主の人生が映し出される。それを見てワシの質問に応えよ。良いな」  とアナログ放送しか受信できないような骨董品な域のブラウン管テレビを指さす。  待て。待て。というかだ。じ、人生が映し出されるだって。どうやって、それを?  いや、もう不可思議には慣れてきた。  むしろ若返りの薬が実際に在ったという時点で合理的な説明はつかないんだ。だったら毒を食らわば皿までだ。今まで俺が生きてきた人生が、どういった理由で、あそこに映し出されるのかは考えないでおこう。そういうものだと納得しておこう。  などと考えていると四十代の若駒がTVに映し出された。課長へと昇進直前の彼。  確かに自分だと今現在、画面外の若駒は驚き戸惑うが画面内の若駒には関係ない。  ハァァ。  TVの中で深く大きなため息を吐く。  深くも。 「ようやく課長か。というか、遅い。遅すぎる。同期は、皆、三十歳前後で課長になってる。四十歳を超えて課長になったのは俺だけだ。せめて、あと十年、早ければ」  せっかく課長に昇進できたというのに暗い表情で落ち込んでいる若駒。  そうだ。彼は出世レースからの脱落組。仕事より小説を優先したが為。  無論、後悔などない。それでも隣の芝生は青いというように、同期が、皆、課長になっていく事を快くは思わなかった。それは人間にとっての当然な嫉妬というか、無いものねだりのようなものであった。そして、口を開く毎に、こう言っていた。 「あと十歳、若ければ。課長になるのが、あと十年、早ければ俺だって」  ハァァ。 「いや、もういっその事、会社なんかスッパリと辞めて小説一本で生きていこうか」  目を閉じて顔を上げてから考える画面の中の若駒。  どうせ、これ以上は、ないんだしな。 「なんてな。嫁と子供をどうするんだっての。少なくとも小説で食えるようになるまでは生きていく為の仕事も必要だ。嗚呼、でも、あと十年早く課長になれてれば」  と言って、後ろ頭を乱暴にかく若駒。  三十歳の頃に戻りたいよ。出来るならな。ハァァ。  そしたら、もう少しだけ仕事を頑張って課長にだけはなっておく。三十代の内に。そうすれば今とは、また違ったものが見える気がする。収入が上がれば小説にだって良い影響があるはず。本当に十歳だけでいいから若返りたい。誰かに頼めるなら。  ハァァ。
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