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〈初秋②〉
チリン
かわいらしい鈴の音がして、店の扉が開いた。
「あ…」
20代後半くらいの、色白の若い男性が顔を覗かせた。扉を開けるまで、ここに立っているのに気がつかなかったみたいで、俺の顔を見上げて少し驚いていた。
「すみません。何か御用でしたか」
それでも客商売の気安さから、すぐに切り替えて俺に声をかけてきた。
「ああ、いや。コレいくらぐらいするのかなって」
俺が貼り紙を指差すと、彼はもう一度俺の顔を見てにっこり笑った。
メガネの奥の瞳は優しそうだ。
少し伸びかけた髪を後ろで緩くひとつにまとめ、透き通るような白い肌をしていた。端正な顔立ちだったが、女性的な柔らかい雰囲気もある。
それに仕草がとてもきれいだった。
体の動きや指先をつい目で追ってしまう。
「もしよろしかったら、中でお話ししましょうか。せっかくですからお茶を淹れましょう」
「どこかへ行くところじゃ…」
「ちょっと外の空気を吸おうと思っただけなんです。お客様とお話しできるなら、その方が気分転換になりますから」
勧められるまま、俺は彼の後について、店の中に足を踏み入れた。
正面に木製のカウンターがあり、その後ろは壁一面の棚になっていて、薬が収納されている。
左側の壁際には、ドラッグストアで見かける細々したもの─絆創膏や包帯、ガーゼやマスクなどが置いてあった。
さっき外から見えた調剤室は、さらにドアで区切られたスペースになっていた。腰高のガラス窓からは、見慣れない機械や器具が置いてあるのがちらっと見えた。
俺は店の片隅にあるソファに案内された。
「遠慮なさらずにどうぞ」
紅茶を淹れてきてくれた彼は、小さな灰皿をテーブルに置いた。
「ああ、ありがとう」
お言葉に甘えて1本を口にくわえた。
ちょうど切らして朝から吸っていなかったので、煙を吸い込んで吐き出すと目眩がした。体には悪いとわかっていても、未だにやめられなかった。
「薬湯は90分、または120分のコースになっています。効能は書いてある通りなんですが、オプションをつけることもできますよ」
「即効性はあるのかな」
「もちろん」
彼は自信ありげに微笑んだ。
ハーブなんてアロマセラピーの癒し効果ならまだしも、漢方みたいな立ち位置だと思っていたから、彼が即答したのにびっくりしてしまった。
「へえ。すぐ効くなら試してみたいなあ」
「今からでも大丈夫ですよ。お湯を張るのと、少し事前にご説明する時間をいただきますが」
「料金はどのくらい」
「5000円です。後払いで結構ですから」
エステとかマッサージと思えば、そんなに高いものではなさそうだ。
「じゃあ、お願いしようかな」
「はい。ありがとうございます。では、まず流れをお話ししますね」
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