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〈夏⑦〉♡☆★
僕は先にシャワーを済ませて部屋に戻った。
ベッドに座り、右手を自分の下腹に当てた。体の奥が大きな鼓動のように波打った。樹の感触を思い出しただけで、背中がぞくっとしてまた熱くなってくる。
どうしよう、止められない
樹が欲しくてたまらない
僕は自分の欲望を抑えきれるか自信がなかった。樹との関係がバレるよりも、そっちの方が心配だった。
ドアが開いて樹も戻ってきた。
僕の顔を見て恥ずかしそうに微笑んだ。
髪はまだ少し濡れていて、滴がしたたっている。バスタオルでそれを拭きながら、樹も僕の隣に座った。
「…何で、その格好?」
下着は着けているようだが、ジーンズは履かずにシャツを羽織っているだけだった。細い大腿がむき出しのままだ。
「また誘ってるのか」
「ち、違いますっ」
樹は慌ててバスタオルで足を隠した。
「…まだ、ちょっと痛くて」
「そうか…」
僕にはその痛みを想像することしか出来なかったけど、それは間違いなく僕のせいだったから、樹を抱きしめて呟くように言った。
「ごめん。嫌なことはしないって言ったのに」
「ううん。してる時は凄くよかったです。終わってからが…」
「それなら、いいけど…」
素直に伝えてくれる樹はとても可愛い。思わず抱いた腕に力を込めた。
「ずっとあのままでいたいと思いました」
「うん。僕もだよ」
もう一度ぎゅっと抱きしめた後に、キスをした。
さっきまであった焦燥感の代わりに、穏やかな気持ちが満ちてきた。胸の中に暖かいものがじんわりと広がる。
「あ、あのCD…」
ベッドサイドに置いてある何枚かに、樹が気がついた。
「カーペンターズですね」
不意に思い出して、樹に尋ねた。
「何であの曲知ってるの」
「新入生の歓迎会で、泉先輩が歌ってたでしょう」
「…よく覚えてるな」
「すごく素敵な曲だなって思って。先輩も綺麗で、僕、見惚れちゃったんです」
樹が嬉しそうに微笑んだ。
「先輩みたいに歌いたいって思いました。ずっと憧れてたんですよ」
その夏、僕は樹に溺れた。
平日の練習では何とか理性を保っていたが、二人だけになると歯止めが効かなくなった。
誰もいない教室で、樹を壁に押しやってキスをした。
首筋に顔を埋めると、樹の吐息が耳にかかる。その熱さに僕の体は、どうしようもなく樹を求めて疼き出すのだ。
一度だけ、音楽準備室に隠れて事に及んだ。
僕に手を引かれた樹は黙ってついてきたが、その瞳は熱を帯びて僕をじっと見つめていた。
学校というその行為に似合わない場所のせいか、二人とも激しく高揚する感情を持て余してしまい、樹は声を抑えるのに必死だった。
僕は持っていたハンカチを樹に噛ませ、耐え忍ぶ声に我を忘れて彼を責め立てた。悦びに泣きむせぶ樹は、いつもの大人しい姿からは想像できないほどに乱れていた。
キスぐらいならまだしも、さすがにこんなところを人に見られるわけにはいかないので、樹には週末に僕の家に来てもらうことにした。
他の皆が帰ると、抱きしめ合いキスをする。学校ではここまでと決めた。
「練習もしないとですね」
唇を離すと、はにかみながら樹が言った。
「でも、だいぶ声が出るようになったじゃないか」
「ホントですか」
「ああ」
樹は嬉しそうに僕に抱きついた。
「先輩のおかげです。先輩が僕を愛してくれたから」
実際、体を重ねてから樹の体調は良くなっている。相変わらず細いし色は白いけど、前はなかった活気が満ちてきている。
こんなものに、愛の力なんてあるのかな。
「泉先輩に抱きしめられると、幸せな気持ちになるんです」
それでも僕も樹が元気になっていくのは、単純に嬉しかった。
「噂になってるの、知ってる?」
「はい。でも、僕は気にしてませんから」
居残り練習やキスまでくらいなら、周りにも気づかれなかっただろう。でも、やはり一線を越えてしまうと、周囲にも何となく伝わってしまうものらしい。
それでも、僕がコーラス部の部長で先生からも一目置かれているせいか、表立って揶揄する奴らはいなかった。ただ、樹がひとりでいる時にからまれたらという心配は常にあった。
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