情熱の行方 #4 夏

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〈夏⑦〉♡☆★  僕は先にシャワーを済ませて部屋に戻った。 ベッドに座り、右手を自分の下腹に当てた。体の奥が大きな鼓動のように波打った。樹の感触を思い出しただけで、背中がぞくっとしてまた熱くなってくる。 どうしよう、止められない 樹が欲しくてたまらない 僕は自分の欲望を抑えきれるか自信がなかった。樹との関係がバレるよりも、そっちの方が心配だった。 ドアが開いて樹も戻ってきた。 僕の顔を見て恥ずかしそうに微笑んだ。 髪はまだ少し濡れていて、(しずく)がしたたっている。バスタオルでそれを拭きながら、樹も僕の隣に座った。 「…何で、その格好?」  下着は()けているようだが、ジーンズは()かずにシャツを羽織っているだけだった。細い大腿(ふともも)がむき出しのままだ。 「また誘ってるのか」 「ち、違いますっ」  樹は慌ててバスタオルで足を隠した。 「…まだ、ちょっと痛くて」 「そうか…」  僕にはその痛みを想像することしか出来なかったけど、それは間違いなく僕のせいだったから、樹を抱きしめて呟くように言った。 「ごめん。嫌なことはしないって言ったのに」 「ううん。してる時は凄くよかったです。終わってからが…」 「それなら、いいけど…」  素直に伝えてくれる樹はとても可愛い。思わず抱いた腕に力を込めた。 「ずっとあのままでいたいと思いました」 「うん。僕もだよ」  もう一度ぎゅっと抱きしめた後に、キスをした。 さっきまであった焦燥感の代わりに、穏やかな気持ちが満ちてきた。胸の中に暖かいものがじんわりと広がる。 「あ、あのCD…」  ベッドサイドに置いてある何枚かに、樹が気がついた。 「カーペンターズですね」  不意に思い出して、樹に尋ねた。 「何であの曲知ってるの」 「新入生の歓迎会で、泉先輩が歌ってたでしょう」 「…よく覚えてるな」 「すごく素敵な曲だなって思って。先輩も綺麗で、僕、見惚(みと)れちゃったんです」 樹が嬉しそうに微笑んだ。 「先輩みたいに歌いたいって思いました。ずっと憧れてたんですよ」 その夏、僕は樹に溺れた。  平日の練習では何とか理性を保っていたが、二人だけになると歯止めが効かなくなった。 誰もいない教室で、樹を壁に押しやってキスをした。 首筋に顔を(うず)めると、樹の吐息が耳にかかる。その熱さに僕の体は、どうしようもなく樹を求めて疼き出すのだ。 一度だけ、音楽準備室に隠れて事に及んだ。 僕に手を引かれた樹は黙ってついてきたが、その()は熱を帯びて僕をじっと見つめていた。 学校というその行為に似合わない場所のせいか、二人とも激しく高揚する感情を持て余してしまい、樹は声を抑えるのに必死だった。 僕は持っていたハンカチを樹に噛ませ、耐え忍ぶ声に我を忘れて彼を責め立てた。悦びに泣きむせぶ樹は、いつもの大人しい姿からは想像できないほどに乱れていた。 キスぐらいならまだしも、さすがにこんなところを人に見られるわけにはいかないので、樹には週末に僕の家に来てもらうことにした。 他の皆が帰ると、抱きしめ合いキスをする。学校ではここまでと決めた。 「練習もしないとですね」  唇を離すと、はにかみながら樹が言った。 「でも、だいぶ声が出るようになったじゃないか」 「ホントですか」 「ああ」  樹は嬉しそうに僕に抱きついた。 「先輩のおかげです。先輩が僕を愛してくれたから」 実際、体を重ねてから樹の体調は良くなっている。相変わらず細いし色は白いけど、前はなかった活気が満ちてきている。 こんなものに、愛の力なんてあるのかな。 「泉先輩に抱きしめられると、幸せな気持ちになるんです」  それでも僕も樹が元気になっていくのは、単純に嬉しかった。 「噂になってるの、知ってる?」 「はい。でも、僕は気にしてませんから」  居残り練習やキスまでくらいなら、周りにも気づかれなかっただろう。でも、やはり一線を越えてしまうと、周囲にも何となく伝わってしまうものらしい。 それでも、僕がコーラス部の部長で先生からも一目置かれているせいか、表立って揶揄(やゆ)する奴らはいなかった。ただ、樹がひとりでいる時にからまれたらという心配は常にあった。
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