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〈夏⑧〉♡★★
夏休みの最後の週末、僕は樹の家を訪ねた。
小さな薬局をしていて、5年前に先代のお祖父さんが亡くなり、今は樹の両親が跡を継いでいる。樹も薬学部を目指していると言っていた。
「おまえ、成績はいいもんな」
「勉強は何とかついていけるけど、出席日数が足りるか心配なんです」
「今年は大丈夫そうじゃないか」
患者さんの処方や、お客さんの対応に追われる樹の両親に挨拶だけ済ませると、僕たちは樹の部屋へ向かった。
隣り合ってベッドに座った。
二人で会う時は、勉強を一緒にするのを口実にしていた。それだけじゃないのは確かだけど、まったくの嘘でもない。
「急に親が部屋に来たりしない?」
「3時ぐらいになったら手が空くだろうから、お菓子を持って行こうかって言ってました」
「そっか…。じゃあ、それまでに出来るだけしたい」
早速樹を抱きしめて、シャツの下に手を差し込むと、柔らかい肌に触れた。樹の体もすでに熱くなっている。
「先輩。今日は僕からしてもいいですか」
「樹から? いいけど…」
樹はにこっと笑うと、僕のズボンのファスナーに手をかけて、ゆっくり下ろしていった。
「何をするつもり?」
上目遣いで僕を見て跪くと、樹は僕を優しく咥えた。
「あっ…」
心地いい温かさに思わず声が出た。
気持ちいいとは聞いたことがあるけど、実際にされるのは初めてだ。女の子にもされたことがない。ほんのお遊び程度のセックスとは全然違った。
「樹…っ」
樹の肩を強く掴み、僕は声を抑えて目を閉じた。
息が上がる。
樹の舌は優しく絡みつき、僕を翻弄する。
気を抜くとすぐにイってしまいそうだ。
必死で保とうとする僕の瞳に映る樹は、額にうっすらと汗を滲ませてとても綺麗だった。
こんなこと、するなんて…
「樹…。僕、もう…」
ドクンと大きな鼓動が、頭の中で鳴り響いた。
樹の肩にしがみついたまま、僕は達してしまった。
腰の辺りが震えて、膝に力が入らない。
樹は何事もなかったかのように、口の中のものをごくんと飲み込んだ。
そして僕の下を全部脱がせると、自分も下着を外してシャツ1枚になり、向かい合って僕の膝の上にそっと乗ってきた。腕を僕の首に回してうっとりと目を閉じている。僕は手を伸ばして樹の腰を支えるように受け止めた。
夏休みの初めにはまだ、僕に服を脱がされ恥じらっていた樹。でも、目の前にいるのも間違いなく樹だ。
僕は樹の何を見ていたんだろう。
そう思えるくらい、体を重ねるごとにセックスの時の樹は自信に満ち溢れていき、とても綺麗だった。
僕は自分が樹を誘ったのだと思っていたが、そうじゃなかった。音楽室でのあのキスの時から、ずっと樹に誘惑されているんだ。そして、僕は樹に触れることを止められない。
樹が僕に隙間なく寄り添うと、二人の下腹部が擦れあう。快感がまた頭をもたげてくる。
さっき果てたばかりの僕も、その刺激に促されてまた興奮がよみがえってきた。
右手で樹をそっと握った。自分のものと擦り合わせると、樹はびくっと体を震わせて、崩れそうなくらい僕にしなだれかかった。
声を上げ、艶かしく身をよじる。
さっきまでの余裕で僕を焦らしていた姿はもうなかった。二人ともあっという間に充ちてきた。
「いずみ、先輩っ…」
「樹…」
耳のそばで名前を呼ばれると、背中がぞくぞくした。
樹の声が僕の頭の中にこだまする。
「おまえの、声、ヤバい…」
「んっ…、だって…」
「聞いてるだけで、イきそ…っ」
その言葉が言い終わらないうちに、僕たちは二人とも達してしまった。肩で息をする樹は、僕にしがみつき、貪るようにキスをした。僕は激しいその唇を受け止めて、樹を強く抱きしめた。
そのあと僕が樹の中に入ったのが2回。
お互いに欲望が少し鎮まってきた。
身支度をして服を着てから、僕はCDを取り出した。
「あ。持ってきてくれたんですか」
樹が嬉しそうに言った。カーペンターズのメジャーなナンバーが収録された一枚だ。
部屋の中に優しい音楽が流れた。
樹はベッドに寝そべって頬杖をついていた。時々曲を口ずさみながら、ライナーノートを目で追っている。僕はその横に座り、樹の髪をそっと撫でた。
前髪をかきあげて額にキスをした。
「くすぐったい」
樹が笑った。
彼の中に入りたくてたまらなくて、あんなに激しく抱き合ったのが嘘のようだ。さっきまで愛し合っていたベッドの上で、今はこんなにも気持ちが凪いでいる。それでも、こんな時間も樹と一緒ならいいと思える。
熱を交わし合った高揚感の他に、確かに穏やかな気持ちが入り交じっていた。僕の気持ちも、歌に負けないくらい優しくなるのがわかる。
いつも感じる、快楽だけではない、安堵。
そしてそれが、僕が樹を手放せないでいるもうひとつの理由だった。
帰り際、立ち上がると目眩がした。
ふらついた僕を、樹がそっと支えてくれた。
「大丈夫ですか」
「ああ、うん。ありがとう」
夏の疲れが出たのかな…。
「今日はちょっと、欲張りすぎだな」
僕が冗談めかして言うと、樹も恥ずかしそうに笑った。僕は樹にキスをして手を振ると、夕暮れの帰り道を歩きだした。
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