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〈夏⑨〉♡☆
少しずつ元気になってきた樹は、体育の授業も参加できるようになったと聞いた。そして、いつも憎らしいくらい上手に僕を誘う。
「まだ、目眩しますか」
樹は心配そうに尋ねた。
「うん。病院にも行ったけど、薬を飲んでもあまり変わらないんだ」
「無理しないでくださいね」
「そう言いながら、誘うなよ」
樹はくすくす笑って、僕に優しくキスをした。
だけど、目眩は日に日に増えていくようだった。
それだけでなく、階段を登ると息切れがしたり、食事もして睡眠も取っているはずなのに、体がだるくて朝はなかなか起きられなくなったりもした。
特に月曜日の朝が酷かった。
這うようにして登校し、お昼前くらいになると少し調子がよくなってくる。週末にかけてだいぶ回復するが、また1週間のサイクルが繰り返される。
もうすぐコンクールなのに…。
授業も部活も何とか頑張ったが、樹を抱くこともやめられなかった。
二人の練習が終わった音楽室でキスをした。
「ん…」
樹の吐息に我慢できなくて、腰を抱き寄せた。お互いの体が触れ合って熱くなった。
「…ダメですよ、先輩。今無理したら」
「わかってるよ…」
樹に諭されて、僕はため息をついた。
「もうすぐですね、本番」
「うん。ここまできたらやるだけだ」
「先輩のためにも頑張りますね」
無邪気な笑顔で樹が言った。
たとえ少しの時間でも、樹と一緒にいると癒やされる。ただ、いつも夢中になりすぎて、翌日は体に力が入らないことがある。
その甘い体を独り占めできるのは嬉しかったが、逆に体力が落ちた僕は、このままでは樹を悦ばせることが出来なくなるのではないかと不安になっていった。
初めは笑って見守っていた樹も、この頃は物憂げな表情を見せるようになった。僕の体調が良くないのを、気にかけてくれているようだった。
それでも僕が誘えば拒まないし、抱かれることにはちゃんと感じている。だから、樹がいきなりあんな話を切り出したことに、僕は酷く動揺してしまった。
自分の欲望に負けて、僕はコンクールの前日、樹を抱いた。
その日の樹は、いつになく口数が少なかった。
樹の部屋で抱き合ったあと、着替えた彼はため息をついた。
「…泉先輩」
樹の声が掠れていた。
「僕、泉先輩が好きです」
初めて告白されたあの時と同じことを、樹が言った。
「うん。僕もだよ」
「…先輩。ごめんなさい」
「どうしたんだ、急に」
「最近、体調が良くないじゃないですか。僕と会ってくれるのは嬉しいですけど、無理させてるんじゃないかって…」
「何を言ってるんだ。これくらい平気だよ」
「今まで気づかなくてごめんなさい。先輩に抱かれると、元気をわけてもらってる気がして嬉しかったけど、まさかこんなに吸いとっていたなんて、思ってなくて…」
吸いとる? 何のことだ。
樹は思い詰めた表情をしているし、話の先が見えなくて僕は少し不安になった。
「大丈夫だよ、樹。ちょっと疲れただけだ」
樹はかぶりを振った。
「週末に向けて回復するけど、僕を抱くとまたエネルギーが取られるでしょう? 月曜日に具合が悪くなるのは僕のせいですよ」
「馬鹿なこと言うなよ。そんなことあるわけないだろ」
樹も戸惑いの表情を浮かべている。
「僕にもよくわからないけど…。でも、僕はあの日から、今までにないくらいとても体調がよくなってるんですよ」
辻褄は合っている。
樹がどんどん元気になっているのも知ってる。
彼の言っていることが、全くわからないわけではなかった。
だけど、それと自分の体調不良がどうしても結びつかなかった。確かに週明けに具合が悪くはなるけど、本当にそんなことが起こるのだろうか…。
「先輩が、僕を好きになってくれて、愛してくれて、とても嬉しかったのに。こんなことになるなんて…」
樹は泣き出した。
「樹…」
僕が肩を抱くと、樹は腕の中に飛び込んできた。
ぎゅっと抱きしめて、キスをして気づいた。
樹の唇は温かかった。
以前はいつもひんやりするくらいだったのに…。
僕がエネルギーを、わけてあげたから
その分、僕のが足りなくなっているってこと?
樹を抱くたびに、それが起きている…?
まさか、そんなこと。
樹は涙に濡れた瞳で僕を見つめた。
「もう、やめましょう」
樹の言葉に僕は耳を疑った。
「え…?」
「先輩をこんな目に遭わせてしまうなら…」
樹は僕の腕を掴んでうつ向いた。
「僕、もう先輩とは、出来ない…」
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