96人が本棚に入れています
本棚に追加
〈初秋⑥〉♡★★
紅茶を飲んだ後で、彼の部屋へ案内された。
ベッドにふたりで並んで腰を下ろした。
さっきから彼と話をしていて、俺はずっと衝動を抑えきれないでいた。少し若返ったせいか、それともあの煙草の香りや飲んだ紅茶のせいなのか。
いずれにせよ、考えるより先に、俺は彼に触れたくてたまらなかったのだ。
だけど、男と寝るなんて初めてだ
こわごわ触れると彼の肌は柔らかかったが、少し体温が低く感じた。
結わえていたゴムを外すと、少し癖っけのある髪は項を覆うくらいまで伸びていた。首筋に顔を埋めると、ふわっとさっきの煙草の香りがして、思わずその髪に指が伸びた。
首筋を愛撫すると、彼は俺を引き寄せて吐息を漏らした。肌は色が白く、睫毛も長い。何かをねだるように少し開いた唇は、薄暗い部屋の中でも仄かに赤く見えた。
妻とはもう3年くらい、セックスをしていなかったから、誰かと肌を合わせること自体が久しぶりだった。
あんまりがっつくのもカッコ悪い感じがして、俺は彼にキスをした。唇が触れた瞬間、彼がびくっとした気がしたが、すぐに俺を受け止めた。
「…キスは、久しぶりです」
唇を離すと、彼は恥ずかしそうに言った。
お互い体が目的なら、キスは後回しだろうな。しない奴だっているだろう。
「嫌か」
「ふふっ。逆ですよ。凄く嬉しい」
彼は微笑んで俺の首に腕を回した。
「あなたみたいに優しい人は、初めてです」
「それならよかった」
彼の白い肌は、まだ誰も足を踏み入れていない新雪を思わせた。そしてそれに触れ、たとえひとときでも自分のものに出来ることに、ひどく優越感を覚えた。何人もの男たちに、彼が抱かれたにも関わらずだ。
俺はいつでも行ける状態だったが、愛撫を繰り返して彼の準備が出来ているのを確かめると、ゆっくり挿れようとした。
「んんっ…」
その声は、さっきまで妖しく乱れていた彼の反応と明らかに違った。
「行けるか」
「…はい」
少し間をおいて、彼が答えた。
俺はまた少しだけ進めた。
「あっ…」
眉間に皺を寄せて、彼が身をよじった。
その声のトーンに躊躇して俺が手を止めると、彼はため息をついてゆっくりと起き上がった。
話す時はずっと穏やかで冷静だった彼が、困惑の表情を浮かべていた。
「申し訳、ありません。予想外の事が、起きているみたいで…」
「どうした」
「あなたの回復力がよほど凄かったのか、僕の方がそのエネルギーを受け止めきれないようです」
「…それで」
彼がためらいを見せている。
「少しだけ時間をください。この続きは、明日のまた同じ時間に」
ここまできて、明日に仕切り直し?
その気持ちが届いたかのように、彼が微笑んだ。
「でも、このままお帰りいただくわけにはいきませんよね。今日はこれで許してください」
そう言うと彼は、髪をかきあげて俺を口に咥えた。不意を突かれた俺は、身震いするような興奮を覚え、思わず声をあげそうになった。
「ふ…っ」
彼の口の中は少しだけひんやりと感じた。
さっき触れた肌と同じだ。
俺がすでに熱く滾っていたせいか、その温度差はとても心地よかった。
彼の舌は俺を包み込んで優しく愛撫する。
それでも擦られ、締め付けられて俺は彼の肩をぎゅっと掴んだ。細くて華奢な白い肌に、痣をつけてしまいそうなくらい。彼は額に汗を滲ませて、懸命に続けている。
「…っ」
俺が達した後、彼は口の中のものを飲み込んで、そっと俺を解放した。上目遣いで俺を見ながら、手の甲で口を拭う仕草が、とても色っぽかった。
「すみませんでした。口なら大丈夫ですので」
「…直接だとキツイのか」
「はい。胃酸でだいぶ和らぎますから」
初めに誘ったのは彼の方なのだから、俺は怒ってもよかったのかもしれない。だけど、素直に理由を話し、謝ってフォローもしてくれた彼に、全く腹は立たなかった。
「明日になればあなたの体に、エネルギーが馴染んで来ると思います」
この数年なかった性欲をもて余してはいたけど、明日また出直すことにして、店を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!