#1 初秋

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〈初秋⑥〉♡★★ 紅茶を飲んだ後で、彼の部屋へ案内された。 ベッドにふたりで並んで腰を下ろした。 さっきから彼と話をしていて、俺はずっと衝動を抑えきれないでいた。少し若返ったせいか、それともあの煙草の香りや飲んだ紅茶のせいなのか。 いずれにせよ、考えるより先に、俺は彼に触れたくてたまらなかったのだ。 だけど、男と寝るなんて初めてだ こわごわ触れると彼の肌は柔らかかったが、少し体温が低く感じた。 結わえていたゴムを外すと、少し癖っけのある髪は(うなじ)を覆うくらいまで伸びていた。首筋に顔を(うず)めると、ふわっとさっきの煙草の香りがして、思わずその髪に指が伸びた。 首筋を愛撫すると、彼は俺を引き寄せて吐息を漏らした。肌は色が白く、睫毛(まつげ)も長い。何かをねだるように少し開いた唇は、薄暗い部屋の中でも(ほの)かに赤く見えた。 妻とはもう3年くらい、セックスをしていなかったから、誰かと肌を合わせること自体が久しぶりだった。 あんまりがっつくのもカッコ悪い感じがして、俺は彼にキスをした。唇が触れた瞬間、彼がびくっとした気がしたが、すぐに俺を受け止めた。 「…キスは、久しぶりです」 唇を離すと、彼は恥ずかしそうに言った。 お互い体が目的なら、キスは後回しだろうな。しない奴だっているだろう。 「嫌か」 「ふふっ。逆ですよ。凄く嬉しい」 彼は微笑んで俺の首に腕を回した。 「あなたみたいに優しい人は、初めてです」 「それならよかった」 彼の白い肌は、まだ誰も足を踏み入れていない新雪を思わせた。そしてそれに触れ、たとえひとときでも自分のものに出来ることに、ひどく優越感を覚えた。何人もの男たちに、彼が抱かれたにも関わらずだ。 俺はいつでも行ける状態だったが、愛撫を繰り返して彼の準備が出来ているのを確かめると、ゆっくり()れようとした。 「んんっ…」 その声は、さっきまで妖しく乱れていた彼の反応と明らかに違った。 「行けるか」 「…はい」 少し間をおいて、彼が答えた。 俺はまた少しだけ進めた。 「あっ…」 眉間に皺を寄せて、彼が身をよじった。 その声のトーンに躊躇(ちゅうちょ)して俺が手を止めると、彼はため息をついてゆっくりと起き上がった。 話す時はずっと穏やかで冷静だった彼が、困惑の表情を浮かべていた。 「申し訳、ありません。予想外の事が、起きているみたいで…」 「どうした」 「あなたの回復力がよほど凄かったのか、僕の方がそのエネルギーを受け止めきれないようです」 「…それで」 彼がためらいを見せている。 「少しだけ時間をください。この続きは、明日のまた同じ時間に」 ここまできて、明日に仕切り直し? その気持ちが届いたかのように、彼が微笑んだ。 「でも、このままお帰りいただくわけにはいきませんよね。今日はこれで許してください」 そう言うと彼は、髪をかきあげて俺を口に(くわ)えた。不意を突かれた俺は、身震いするような興奮を覚え、思わず声をあげそうになった。 「ふ…っ」 彼の口の中は少しだけひんやりと感じた。 さっき触れた肌と同じだ。 俺がすでに熱く(たぎ)っていたせいか、その温度差はとても心地よかった。 彼の舌は俺を包み込んで優しく愛撫する。 それでも(こす)られ、締め付けられて俺は彼の肩をぎゅっと掴んだ。細くて華奢(きゃしゃ)な白い肌に、(あざ)をつけてしまいそうなくらい。彼は額に汗を(にじ)ませて、懸命に続けている。 「…っ」 俺が達した後、彼は口の中のものを飲み込んで、そっと俺を解放した。上目遣いで俺を見ながら、手の甲で口を拭う仕草が、とても色っぽかった。 「すみませんでした。口なら大丈夫ですので」 「…直接だとキツイのか」 「はい。胃酸でだいぶ和らぎますから」 初めに誘ったのは彼の方なのだから、俺は怒ってもよかったのかもしれない。だけど、素直に理由(わけ)を話し、謝ってフォローもしてくれた彼に、全く腹は立たなかった。 「明日になればあなたの体に、エネルギーが馴染(なじ)んで来ると思います」 この数年なかった性欲をもて余してはいたけど、明日また出直すことにして、店を後にした。
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