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〈初秋⑦〉♡★
昨日と同じ時間に彼を訪ねた。
まさか、逃げたりはしないだろうな
でも、よくよく考えれば逃げて損をするのは彼の方だ。俺は欲求不満は残るものの、体調は万全なんだし、まだ料金を払ったわけでもない。
自分がそう思うってことは、彼に待っていて欲しいと考えてるってことだ。
どうかしてるな…
店の扉を開けると鈴が小さく鳴り、彼が顔をあげて微笑んだ。
「いらっしゃい」
メガネを外し、カウンターを出て近づいてくると、彼は俺をぎゅっと抱きしめた。
「お待ちしてました」
囁きと共に吐息が首筋にかかった。
彼の腕の力に秘めた熱を感じて、俺も思わず手を伸ばし、彼をきつく抱きしめた。
俺がちゃんと来るかどうか不安に思いながらも、待っていてくれた彼がとても愛おしかった。
頬に手を触れてからキスをした。
「ん…」
彼の吐息を聞くだけで、体の奥が疼く。
「部屋へ…」
入り口の扉に鍵をかけ、彼は俺の手を取って店の奥に連れていった。
ベッドの上で競い合うように服を剥ぎ取りながら、彼がキスをしてきた。
初めは優しく唇を触れてきたが、何度かキスを繰り返して俺も彼の唇に舌を這わせると、今度は舌を絡ませてくる。
項を掴んで彼を引き寄せた。
「ん…、っ」
堪えきれず彼が吐息を漏らすと、もっと彼が欲しくなった。
彼が口でしてくれたものの、欲求はまだ残っている。久しぶりに快感を得た反動のせいか、昨日よりも余裕はなかった。下腹部が熱く疼くのを何とか宥めながら、俺は彼の耳元で囁いた。
「…もう、待てない」
「僕もです。今日は、大丈夫」
彼も恥ずかしそうに微笑んだ。彼を膝の上に座らせ、もう一度キスをした。彼の腰を浮かせてから、少しずつ中に入っていった。
「あ…っ」
彼は声を上げ、俺の肩にしがみついた。
昨日と違って快感に酔いしれている声だ。ゆっくりと彼を沈めて奥まで入り込むと、彼は深いため息をついた。
「…これだけでも、十分なくらい」
「だからってお預けはもうナシだぞ」
「ごめんなさい」
彼はくすくす笑った。
彼の中の方が体温が低いせいか、俺から溢れる熱がどんどん奪われていく気がする。それでもそれがとても気持ちよくて、余っているのなら全てを彼に注いでやりたいくらいだった。
ゆっくり腰を動かした。
「あ…、んっ…」
どんなふうにしたら彼が感じるのかがよくわからなかったので、手探りで進んでいった。
そんな俺を導くように、彼は声と指で応えてくれた。彼が感じていることを繰り返しながら、少しずつ探ってアプローチしていくと、彼がだんだんと昇り詰めていることが伝わってきた。
そして、それに気づいた自分もまた興奮が高まっていくのがわかった。
彼は俺の背中にしがみつき、指先に力を込めた。
仰け反った彼に、俺も吸い込まれるように溶けていった。
息を切らしながら、彼に何度もキスをして抱きしめた。彼も俺を離さず、唇で応えた。
ふたりの息づかいだけが、静かな部屋に聞こえていた。
「…凄く、素敵でした」
「そうか」
「でも、困ったな」
俺の瞳をじっと見つめて、彼は微笑みながら言った。
「あなたを手離したくない」
俺はその時わかった。
初めて会った時から、なぜこんなに惹かれてしまうのか、不思議に思っていたけど…。
「君はとても素直なんだな」
ひ弱でおとなしそうな外見とは対照的に、彼は自分をしっかり持っていて、気持ちをちゃんと言葉にしてくれる。そのアンバランスさが俺にとっては魅力的で、一緒にいると心地よかった。
「時々、率直すぎるって言われます」
そういう印象も受けるだろうな
「俺の何がそんなに気に入ったんだ」
「顔かな」
「それだけか」
「カラダの相性もいい。それから、やっぱり優しい人だなって思いました」
優しい、か
妻にも言われたことがある。
でも、優しい奴が好きな女を放っておくかな…
きっと俺は、そんないい人じゃない
「だから、あなたがずっとそばにいてくれたら、とても嬉しい」
「それだって今まで会った皆に言ったんだろ」
「ふふっ。これはあなたにだけです」
たぶん、昨日からのやり取りや彼の態度を見ていると、それは嘘ではなさそうだった。
「本当か」
「はい」
彼は微笑んで、俺の首に腕を回して肌を触れさせた。彼の体温が少し上がったのか、今は自分と同じ温かさを感じる。
でも、心地よさは変わらなかった。
「それに、あなたは薬湯の効力を十二分に発揮させることが出来るみたいです」
確かに、ここまで効果が出るとは思ってもいなかった。どれだけ持続するのかはわからないが、あと2、3回は軽く行けそうだった。
「君が元気になってくれたら嬉しいよ」
「そんなこと言われると、また欲しくなります」
彼は両手で俺の頬に触れ、そっとキスをしてきた。
その手を掴んで俺は尋ねた。
「…今までに何人ともこうしたのか」
「はい。初めは難色を示された方も、薬湯の効果を目の当たりにすると…」
「みんな、一晩だけの相手なのか」
口にしてから胸の奥がズキッと痛んだ。まるでその言葉に、自分自身が傷ついたみたいに。
彼は可笑しそうに笑った。
「ここは温泉街ですよ。いらっしゃるのは旅の方ばかりです。あちらにしたらそれきりでしょうね」
「俺は…」
掴んだ手に力を込めた。
君のことをもっと知りたい
君をずっと抱きしめていたい
「俺は、違う」
耳元でそう呟いて、俺は彼を静かに押し倒した。
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