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(三)源内からの請求書
数日後、江戸の源内から大きな木箱が届いた。宇七が箱を開けてみると、一番上には手紙が載っている。
「…覚書、源内櫛象牙歯二十本、源内櫛銀歯三十本、自惚れ鏡二十枚、金唐紙十種見本…金五十両也…?」
「請求書ですか?源内先生は、宇七どのから品代を取るつもりでしょうか?」
「そのようだな…最初の荷を俺が失くしたから、二度目はおまえ買い取れ、ということらしい…」
荷から目を離した自分が悪い…とは分かっているものの、源内もちゃっかりしている…
「頑張って売らないとですね…」
「ああ。」
「わたくしも今日からさっそく、エレキテルに関する蘭書を探しに出ます。」
新之丞はそう言って張り切って部屋を出ていったが、すぐに戻って来た。
「旅籠の入り口に、奉行所の松山惣十郎どのが。」
ふたりはそろって、こっそりと外を覗く。吉田理兵衛が頭を下げて松山を出迎えている。
「じきじきにここまで来るとは…お理どのを連れに来たのでしょうか?」
「ああ…たぶんな…あっ、お理どのが出て来たぞ!」
お理は男の姿ではなく、娘らしい明るい色の着物を着ていた。
「なかなか…遠目では可愛いではないか。馬子にも衣装だな。」
「いまさら何を言っているのです、宇七どのときたら、近眼のわたくしよりも目が悪い。」
「松山さまがじきじきに見番に送るとはよほどだが、吉田どのもあれほど反対していたのに、よく許したものだ…ちょっと理兵衛どのの様子を見て来る。」
「ええ。そのほうが良いかと。」
吉田理兵衛は娘が芸妓見習いに行ったのを、ひどく恥じているようだった。
「吉田さま…」
「あぁ、宇七郎どの…わたしは娘に、勝手気ままをさせ過ぎたらしいですな…」
「それほど気に病まれることはありませぬ、見番は芸者の詰め所で、唄や踊りの稽古の場です。見番で蘭語を学ぶだけなら、おかしなことは起きないでしょう。」
そう宇七が慰めると、それでも娘の周りに芸妓がたくさんいると、何を聞かされるかわからぬ、と理兵衛は心配そうだ。
「嫁入り前に耳年増になっては困ります…芸妓修行をしたなどと評判が立てば嫁にも行きづらい…」
「…」
理兵衛の人柄を知るだけに、心労は察して余る…宇七はしばらくあれこれ話相手をしながら、理兵衛が落ち着くまでそばにいた。
「お理どのは、蘭鉄の窯の仕掛けを学ぶために体を張って蘭語を学ぶのです。わたしもできるだけ、お理どのを守りますよ。」
「かたじけない。よろしく頼みます。」
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