993人が本棚に入れています
本棚に追加
流行病 ③
その日の夜もすっかり深くなり、邸宅の中の人々が寝静まった深夜2時過ぎ。
ガチャリとドアのぶが動く音がして、目が覚めた。
「……誰?」
不審者かもしれない。
恐る恐る問うと、
「僕だよ、ミカエルだよ」
ヒソヒソ話をするように、ミカは小さな声で答える。
「え?ミカ?本当にミカなの?」
僕は慌てて起き上がると、えへへとミカは勝手に僕の部屋に入ってくる。
「ダメだよミカ!僕今、風邪をひいているんだよ」
ミカを追い出そうと、ベッドから立ちあがろうとしたが、目の前がぐらりと歪み立ち上がれない。
「レオ、無理したらダメ。寝てないと」
いつもは僕がミカにするように、今日はミカが僕をベッドに寝かせる。
「体調はどう?」
ミカは僕の額に掌当てる。
ミカの手は冷たくて心地いい。
そっと目を閉じると、
「わぁ!熱高いじゃない!ちょっと待ってて」
そう言いながら、ミカは持ってきた銀色のお盆の上にあるティーポットからカップにお茶を注ぐ。
「これは?」
「これはいつもレオが僕のために淹れてくれるお茶だよ。僕いつもこのお茶を飲んだら、体が軽くなるから、きっとレオにも効くと思って」
ミカはいつも僕がするように、お茶にフーフーと息を吹きかけ少し冷ましてから、手渡してくれた。
ミカが淹れてくれたお茶を一口飲む。
本当は咳に効くお茶で、咳の出てい僕にはお茶の効果なんて出ないはずなのに、気持ち悪さも熱も一瞬で無くなったかのように、体が軽い。
「本当だ!とっても楽になった!ありがとうミカ」
本当は大好きなミカを抱きしめたかったけど、流行病かもしれない病気をうつしてしまうかもと、やめておいたのに
「よかった〜」
とミカが僕に抱きついてくる。
「ダメだよミカ!風邪がうつっちゃう」
「大丈夫。僕は無敵なんだ」
ニカっと笑いながら、がっつポーズを作ったミカは元気そのものに見える。
良かった。ミカは流行病にかからなかったんだ。
心配事がなくなって、ほっとする。
「ねぇ、レオはサイモンのことが好きなんでしょ?」
「え?」
急に聞かれて、咄嗟に何も答えられない。
「見てたらわかるよ」
どうしよう。サイモンのことを好きなのが、ミカに気づかれている。
上手く隠せていると思っていたのに……。
なにか言わないと。
なにか言わないと!
「サ、サイモンのことは好きだとかじゃなくて、僕の中で憧れのお兄さんなんだ」
サイモンのことを好きだと思うたび、自分自身に暗示をかけるよう何度も繰り返し思ってきたこと。
それをそのまま言った。
「あのね、僕も今まで憧れの好きと、一緒にいたい好きとの違いがわからなかったんだけどね、一緒にいたいと思う好きな人がいる今の僕なら、違いがわかる。レオの好きは一緒にいたい好きだよ」
「そんなわけないよ。それにサイモンはミカが大好きなんだ。いつもミカのこと気にかけてるよ」
ミカとサイモンが楽しそうに一緒に歩く姿を思い出してしまって、胸がチクチクする。
「サイモンにとって僕は弟みたいなもんだから。でもレオはサイモンにとって特別な人だと思うよ。ずっと2人を側で見てきている僕には、わかるんだ」
「……」
「僕がレオより少し早く生まれていたり、僕がもっと元気だったら僕が時期当主になって、レオはサイモンと結ばれたのに……」
「……」
「レオは頑張りすぎたり、我慢しすぎちゃったりするところがあるけど、もっとみんなに甘えていいんだよ。したいことはしたいって。嫌なことは嫌だって言っていいんだよ。どんな障害があっても、好きな人に好きだって言っていいんだよ」
「ミカ?急にどうしたの?」
今のミカは少し変だ。
「もう少ししたら僕は遠くに行っちゃうけれど、僕はずっとレオのことを見ているからね。目には見えなくても、僕はずっとレオのそばにいる。ずっと一緒にいて、レオの幸せを見守ってるからね」
「ミカ?それどういう意味?」
なんだかミカの話し方に違和感を感じて聞き返したけれど、ミカはいつものように微笑むだけ。
「大好きだよレオ。僕、レオと兄弟で、レオが僕のお兄ちゃんで本当によかった」
「僕も。僕もミカと兄弟で、ミカが僕の弟で本当によかった。大好きだよミカ」
僕がそういうと、みかはもう一度僕を抱きしめる力を強めて、「おやすみなさい」と僕の部屋を出て行った。
「おやすみなさい、ミカ」
去って行くミカの背中に、僕はそう言った。
その時の僕は知らなかった。
おやすみと見送ったのが、ミカの最後の姿となってしまったなんて……。
最初のコメントを投稿しよう!