流行病 ⑦

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流行病 ⑦

 カトラレル家は子爵だ。  裕福ではなかったが、それでも土地は豊かで、その税収や隣国との貿易での収入が滞りなくあったため暮らしてこれたが、ここ数年不作が続き税収が減ってしまった。  そこにきて流行病で風評被害が広がり、貿易での収入が激減した。  ただでさえ裕福でも力があったわけでもないカトラレル家は、金銭的に困窮し、今回ミカエルが伯爵であるサイモンと結婚することで、カトラレル家は支援してもらえることになっていたのに、ミカエルが死んでしまい、この婚姻がなくなってしまえばカトラレル家は崩壊してしまう。  そこで流行病で死んでしまったのは僕、生き残ったのはミカにして、僕がミカの代わりにサイモンのいるオリバー家に嫁ぐことにしようという話になったようだった。 「ただ暗いだけで、何の取り柄もなかったお前だったが、この瞬間からミカエルになって、私や母様のためサイモンと結婚し、ミカエルとして生きていくんだ。これでやっとみんなのためになることが、できるじゃないか」  父様は僕がミカになり変わることが、さも幸福なことのように話された。  僕がミカになる……。  本当の僕は生きているのに、みんなの中ではもう(・・)死んでしまっていることになっている。  だから侍女も僕のことをレオナルドとは呼ばずに、ミカエル様と言ったんだ。  父様、母様、ほかのみんなの中には、もう僕はいない。  みんなの大好きミカだけが生き残っているんだ。  でも僕にも生まれる前から時期当主になるという、使命がある。 「父様、僕は時期当主です。もし僕がミカとしてサイモンと結婚してしまったら、一体誰が時期当主になるのですか?」  僕は時期当主となるため、勉強も剣術も乗馬も人一倍努力してきたし、サイモンへの気持ちも押し殺してきた。 「今、母様のお腹にはお前の弟か妹になる子供がいる。時期当主には、その子になってもらう」 「え?母様のお腹には赤ちゃんがいるのですか?」  初めて聞いた話だ。 「まだ誰にも話してなかったがそうだ」 「僕に弟か妹が生まれるんですね」 「ああそうだ」  もし僕がミカとして生きていかなければ、この土地の人々も、今まで僕を世話してくれた使用人の人たちも、父様も母様も、そしてまだ見ぬ僕の弟か妹も路頭に迷ってしまう。  僕の返答次第では、みんなの今後が変わってきてしまう。だから……。  僕はレオナルド。  でも今この瞬間から、僕はミカエルになる。  ミカと当主の代わりは必要でも、僕の代わりは必要ない。  僕の気持ちは決まった。   「流行病で死んでしまったのはレオナルドで助かったのは僕、ミカエル。今日から僕はミカエルです」
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