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コンコン、とドアがノックされ、エストーラが姿を現した。
「バード様、湯浴みの準備ができました」
昼間の死装束は脱いで、クラッシックなタイプのメイド服に着替えている。廊下を照らす半永久電球の明かりが逆光となって、肩まである緩くウェーブした金色の髪の輪郭がぼうっと光って見える。まるで後光に照らされているようだ。
「ご案内いたします」
「ありがとう。でも、屋敷のレイアウトは大体頭に入れたから、案内はいらないよ。浴室の使い方もわかるし大丈夫。着替えさえ貸してもらえればそれで」
衣類の入った籠を彼女の腕からぶんどりながら、僕はそう答えた。
21世紀の庶民の生まれである僕は、他人に世話を焼いてもらうことを好まない。生まれついた習性は何世紀経っても変わらないものだ。
「いろいろあって疲れただろうから、きょうはもう休んでいいよ」
「いえ、あの……」
エストーラは上目づかいに僕を見て、少し言いにくそうに切り出した。
「ずっとおそばにいて、その……バード様がお休みになるまでお世話するように言いつかっております」
表情を強ばらせて口ごもった彼女の様子から、エストーラが何を言いつかってきたのかを僕は察した。
「誰から? 誰にそう命令されたの?」
僕にそう問い質されることをエストーラは全く予想していなかったらしく、彼女はびっくりと目を見開いた。
「あ、あの、カイアル様が……」
「じいさんでなくておやじのほうか」
僕の独り言を、エストーラは真ん丸な目のまま黙って聞いている。
「幾つか質問させてもらってもいいかな」
頭の中ですばやく考えをまとめながら、僕は訊ねた。
「それはいわゆる町長命令とかになる? 君に選択の余地はなかった?」
少し考えて、彼女は黙って頷いた。
「僕がそれを退けたら、君の立場は悪くなるかな?」
「それは……わかりません」
エストーラは首をかしげてそう答える。
「気に入っていただけるように最善をつくせと言われましたが、気に入っていただけなくとも、今より状況が悪くなることはないと思います」
「君はまた牢獄に戻るの?」
「多分そうなると思います」
「君は、僕らが人の肉を食らうのを知っているね」
「はい」
消え入りそうな声で、彼女はそう答えた。
「バード様のそのお姿からは、想像もできないことですが」
当然だ。彼女が見ているのは、バードではないただの人間の僕だ。
「生贄の祭壇で、最期のときを君は静かに待っていたよね。率直に聞くから率直に答えて欲しい。贄として僕に食われるのと、僕とベッドをともにするのと、どちらが君にとってマシだろうか?」
僕の言葉を耳にしながら、少女の瞳にかすかな灯りがともる。やはりそうだ。彼女は死にたがっている。けれども自ら命を絶つことはできずに、もがき苦しんでいるのだ。
やはりささやくように、彼女は答えた。
「もしも選べるなら、食べられるほうが……」
不意に僕の腕は、自分では全く思ってもいなかった動きを見せた。
彼女の方に伸びて、彼女の手首をつかんだのだ。
「きゃ……」
エストーラは文字通り飛び上がり、すんでのところで悲鳴を飲み込んだ。
つかんだ手首をなめらかなセラミックの壁に押し付けて、僕の口を借りた彼が言った。
「あとで部屋においで。待っているから」
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