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 湯浴みを済ませて部屋に戻ると、エストーラは既に来て待っていた。明かりを落とした暗がりの中、床に向けて流れるような寝衣に身を包み、昼間祭壇で見かけたよりも一層青い顔をしてベッドの端に腰を下ろしている。  バードが何かする前にと、僕は心の中で牽制をかける。 『傷つけるなよ』 『わかっている』  そう言葉を返しておいて、僕の身体を借りた彼はエストーラのすぐそばまで歩み寄り、少女を見おろして静かな声で言った。 「しばらく目を閉じていてくれないか」  少女の瞳がもの言いたげに一瞬ゆれたが、彼女は黙っておとなしく目を閉じた。  バードは少女が薄目を開けてこちらを窺っていたりしていないかどうかを確認してから後ろに下がり、ベッドから少し離れたセラミックの床の上にうつぶせに横たわった。  不意に、背中と首筋と後頭部に激痛が走る。  彼の身体が僕からはがれていくときの衝撃。僕の神経の奥深くに侵入して、複雑に絡み合っていた彼の命令系統がプツ、プツ、と無造作に引きちぎられていく。背中にのしかかった重圧が消えて、そこにはずきずきと疼く赤黒い傷口が残される。  息が止まりそうな痛みに無言で耐えながら、僕は顔を上げて目を凝らし、人の姿を取り始めた彼を見守った。  翼は褐色の塊となり、塊は音もなく立ち上がって手足を伸ばし、顔の輪郭から首から肩から胸から腕から腹から、完璧に均整の取れた人の形を取り始める。いつもながら、それは見事というほかない。  けれどもきょうの彼は、これまで見たこともない青年の姿を取りはじめていた。  細面の顔に、きららかな銀色の髪。背は高いがほっそりとした体躯で、肩と首筋に大きな傷跡がある。少女の記憶の中のあの青年。レジスタンスに身を投じて命を落とした彼女の幼馴染だった。彼は彼女の記憶の中の姿よりも少し痩せていて、目つきもやや鋭く、こころもち顎が尖っている。  その姿を見ながら僕は、バードが廊下でエストーラの手首をつかんだ意図をやっと理解した。  彼女の心は、その青年の姿を記憶している。彼女の手は、彼のDNAの形を記憶している。触れた箇所に残るその残像を鮮明な形で読み取るために、バードはあえてエストーラに触れたのだ。  ここにあるのは完璧な器。  完璧な器には本物の魂が宿る。  さっきまで少女の肩の周りに渦巻いていたひそやかで優しい思念が、バードの用意した器に滑り込み、その中で(こご)り始める。
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