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１
少女は純白の死出の衣に身をつつみ、青ざめた顔で瞑目していた。
広げた翼で滑空し、僕は神殿に降り立った。
カツン、と大理石でできた床が乾いた靴音を立てる。
少女はおびえて身を竦めた。
そこは生贄の祭壇だ。
ゆっくりと歩み寄り顎に手を添え、まだ幼さの残る白い顔を上げさせた。戸惑いに目を見開く少女の頭の上に手のひらをかざす。祝福の印として。
少女は不思議そうな表情を見せる。それは安堵と失望のない交ぜになった顔だった。
人間は不思議だ。死を恐れているくせに、時折、向こう側に行きたいと切に願う。理由はさまざまだ。失意や孤独、愛するものとの別離。
何がこの少女にそんな表情をさせているのだろう。
少女は大きな目を見開いて、僕を見上げながら口を開く。
「何をお望みでしょう」
緊張しきったか細い声だった。語尾が大きく震えた。
僕の背中で大きな翼が微かに揺れる。"彼"が身じろぎをしたのだ。"彼"の思考はたやすく読み取ることができる。僕は心の中で、了解、とつぶやく。
「しばらく里に滞在したい」
目を瞠る少女を僕は静かに見つめ返す。
望みを口にするのは一度きり。一度口にしたことを翻したり、後で言い加えたりはしない。
ややあって、少女は頭を下げて答える。
「長老を呼んでまいります。しばらくこの場でお待ちいただけますか？」
僕が返事をしなかったので、少女は顔を上げて僕の顔をこわごわ覗き込んできた。無言のまま小さく頷いてみせた。
少女は祭壇から足を下ろし、立ち上がった。祭壇の両端に供えられた蒸留酒のビンがカタカタと揺れる。少女が降りた後の祭壇に、僕は代わりに腰を下ろした。
小高い丘の上に位置する神殿には屋根がなく、集落が一望できる。きちんと区画整理された町並みだ。石を切って敷き詰めた舗道には人っ子一人いない。皆家の中に避難して、息を潜めているにちがいない。
僕は自分の背中に手を伸ばし、その翼から褐色の羽根を一枚抜き取り、少女の手に持たせた。
「長老に渡すといい」
少女は驚いた顔でそれを受け取ると、大事そうに両手で抱え込んだ。
町に向かって階段を下り始めた少女を呼び止めて訊ねる。
「名前は？」
「エストーラ」
一瞬気後れした表情を見せた後、少女はそう答えた。
小走りに立ち去る少女の肩のあたりで、とある青年の面影が揺らめくのが見えた。少女の記憶の中で青年は哀しげな微笑みを浮かべ、約束を果たせなくてごめん、とつぶやいていた。
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