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銀田一教授の慢心
朝、東京都庁の真上に突然どこからともなく現れ、停留し、まるで黒雲のようにとどまる巨大な円盤型UFOは、きっちり7分38秒ごとに、同じ振動を新宿の町に伝えていた。住民の体を震わす振動。それはすぐに重低音だと言うことが判明した。
「させめてね てせまひろふし かしおみね」
そして、自衛隊情報保全隊から急遽派遣された私は、音響解析専門の部下の力により、この重低音が17音節の言葉だと言うことにたどり着いた。重低音の波形の音程を上げることによって、この17音節が日本語に模した言葉であると言うことを確認したのだった。これは、宇宙人からの何らかのメッセージなのかもしれない。
「させめてね てせまひろふし かしおみね」
なんだろうか。いつまでもこのままではいられない。東京都にはすでに緊急事態宣言が発令され、23区内の住民の避難が開始されているのだ。
その時、自衛隊車両の間を縫って、パトカーがサイレンを鳴らしてやってきた。後部座席から現れたのは、小柄な白髪の老人。間違いない。私たちが先程派遣を依頼した言語学の権威、銀田一長介教授だった。
私は早速、銀田一教授を作戦室のテントに招き、件の音声を聞いてもらった。
「これは」
「はい、教授。これは一体何でしょう」
「ぐばは」
「ぐばは、ですか。ぐばは、とは、一体」
「痰が絡んだんです」
「失礼しました」
銀田一教授は、口をもごもご言わせながら音声を何度か聞くと、おもむろに口を開いたのだった。
「させめてね てせまひろふし かしおみね」
「はい」
「かけたることも なしとおもえば」
「はい?」
「連歌ではないですかね。57577です。ぐばは」
「連歌、ですか?」
「UFOが発しているのが、上の句だとすれば、下の句をこちらに要求しているはずです。宇宙人は連歌が作りたい。連歌とは、複数の人間が上の句と下の句を別々に作って短歌の形式にする日本古来からの遊びです」
そんなバカな。宇宙人に日本語がわかるわけがない。
「あなた。今、そんなバカな、と思って私を鼻であざ笑ったでしょう」
「いえ。そんなことは。いや、しました。すいません」
「ふん。あなた、かぐや姫をご存じでしょう?竹取物語」
「あ。はい。それぐらいは」
「宇宙人は来ているんです。平安時代にすでにこの星にやってきていたことも、ほら、証明されてるじゃありませんか。頭上の宇宙人たちがその時、日本の文化に触れている可能性は十分ある。ぐばは」
「成程」
かくして20分後、現場には巨大なスピーカーが設置され、私たちの「下の句作戦」が遂行されたのだった。
「銀田一教授。7分30秒過ぎました。そろそろです」
「うん」
「始まります」
頭上の巨大円盤型UFOは、その周囲に青い光を一閃させたと思うや、また同じ言葉を繰り返した。発する振動は、テント内のミキサーによって、低音の言葉に変換されている。
「させめてね てせまひろふし かしおみね」
私は、銀田一教授の方にスタンドマイクを向けた。
「お願いします」
「うむ。げぼは」
銀田一教授がスタンドからマイクを抜くと、多くの報道陣からフラッシュがたかれた。教授は報道陣の方へにっこりとほほ笑みを向けると、まるでオペラ歌手のように左手を広げ言い放ったのだった。
「かけたることも なしとおもえば」
教授の声はスピーカーを伝い、もはや音とは認識できない振動となって、あたりの空気を揺るがした。
するとUFOは、突然七色に光り始めたのだった。七色に光り、回転している。
「なにやら喜んでいるようですが」
「うん。連歌で間違いなかったようだ。私は天才学者ですな」
安堵と歓喜の声にあふれる地上。それを知ってか知らずか、UFOは再び、振動を発したのだった。振動は音に変換されてここに伝わった。
「なんばしら きしものへのへ てれしめず」
銀田一教授と私は目を見合わせた。
「さっきのと違います」
「なんのなんの。ぐばは。要領は得ました。大丈夫。私は天才ですから」
そう言うと銀田一教授は再びマイクを握って叫んだのだった。
「こえきくときぞ あきはかなしき」
たかれるフラッシュに得意顔の銀田一教授。
しかし、UFOはさっきまでの嬉しそうな発光を突然やめてしまったのだった。どうした?と思う間もなく、UFOは今度は赤く発光した。
「え?」
「教授!」
こうして、銀田一教授の下の句を合図に、UFOは東京への爆撃を開始し、その攻撃は、この土地を焼き尽くすまで終わることがなかったのだった。
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