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僕―…佐久間浩一(さくまこういち)は今年32歳。 仕事は楽しいし、それなりに充実している。 拘束時間こそ長いものの、朝は遅く昼は中空きの時間がある為勤務はさほど大変だとは思わなかった。 元々料理人志望で調理師専門学校に通っており、卒業と同時にアルバイトをしていたこの店で正社員として雇ってもらう事になったのだ。店の近くにアパートを借り、部屋と店を往復する生活をずっと続けている。 「佐久間さーん!」 「あっ、ごめん。何だった?」 オーダーストップ後、ランチタイムの営業終了までは30分程ある。たまたま目に入ったテーブル席に座る年配の女性が母を思い出させ、知らぬ間に片付ける手が止まっていたようだ。いずみちゃんの声でハッと我に返り、デシャップ台越しにこちらを覗き込んでいたいずみちゃんの方を向いた。 「ピスタチオのジェラート、在庫切れそうなので発注お願いします」 「了解」 僕は厨房にある冷蔵庫の横に貼ってある発注メモにピスタチオのジェラートを追加した。 「ありがとうございましたー!」 遠くの方で声が聞こえた。恐らく先程まで居た年配の女性客が帰ったのだろう。程無くして、さやかさんが「クローズしました」と厨房(こちら)に向かって叫んだ。 「「了解」」 さやかさんの声を合図に、進藤さんは賄いを作り始める。いつもランチタイム終了後には揃って賄いを食べるのだが、それは進藤さんと僕が毎日交代で作っていた。作らない方は食材の在庫確認、発注を行ったりホールの手伝いをしたりする。 僕は冷蔵庫の中や食料保管庫(パントリー)を確認し、発注するものをメモに書き足していく。 「カフェはジェラート以外に発注かけるもの無かった?」 「はい!大丈夫です!」 一応自分も確認はするが、ホール担当のいずみちゃんとさやかさんのベテランコンビには絶対的信頼を置いているので、ある程度の在庫管理を委任していた。いずみちゃんの返事に小さく頷くと、僕はメモを片手に厨房へと戻り発注を済ませる。 「ホール終わりました」 「疲れたぁー!」 さやかさん、いずみちゃんがそれぞれ厨房に入ってくる。「お疲れ様」と微笑みかけながら、賄い用の皿を出す。いずみちゃんが進藤さんの後ろからひょこっとフライパンを覗き込み歓声を上げた。 「あっ!やったぁトマトパスタだ!」 「こらっ、いずみちゃん危ないから!」 慌てる進藤さんに、いずみちゃんは大して悪びれもぜず「はぁい」と返事をすると厨房の隅にある丸椅子を出して腰掛けた。その様子を笑いなが見ているさやかさん、そして僕もそれぞれ丸椅子を出して腰掛ける。 「はーい、お待たせ」 「ありがとうございます」 「いただきまーす」 厨房の端にある作業台に丸椅子を4つ並べ、ぎゅうぎゅう詰めで食べる賄い。仕事の事や、時にはプライベートの事など雑談をしながら食べるこの時間が僕は好きだった。と言っても、殆ど喋っているのは女性二人だったけれど。
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