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力尽きて草むらに倒れた坊。
母は、坊の側に膝をついた。坊はひくひくと体を動かしている。確かにまだ生きている。
だが、もうあと何日もつだろう。
幼い子供は一人で生きることなど、できない。
「こちらに、お前も来るかい」
と、母は声にならない声で囁く。もちろん、その声は坊には伝わらないのだった。
母は、坊を授かった朝を思う。
温かな小さな命、首がすわらない、ふにゃふにゃとした弱い体の中に、輝く強いものが宿る、あの感覚を、母は思う。
生きて欲しいと、いつだって母は思っている。
例え、坊の側に自分がいなくても。
例え、坊が絶望を味わい、たくさん泣いて、苦しい思いをするとしても。
生きて欲しいと、母は思う。
**
どうか、これを見て欲しいと、母は渾身の思いを込めて祈る。
疲れて眠る坊の身体を守る様に、次々に芽が起きて、ぐんぐん育つ。
夜闇の中でも関係なく、花はますます幻想的に、美しく咲き乱れた。
虹色の輝きを放つ大輪の花には露が宿り、月明かりを受けて宝石のように光るのだった。
やがて夜明けが近づいて、坊の疲れたまぶたがひくひくと動き始めた。
おりしもその時、親を失った子供の一団が通りかかった。がやがやと賑やかしい集団は、しかし、坊から遠い場所にいた。おまけに坊は小さくて、焼け焦げた草の中に隠れていた。
母はよりいっそう強く願った。
すると、虹色の花びらに宿る露が、朝日を浴びて、激しいまでの輝きを放ったのだった。
「あっ、あそこに」
子供らの中の、一人の少女が気づいた。
指さす先には花が立ち上がり、ゆらゆら不思議に揺れていた。
子供らはもちろん、そんな幻の花など見えてはいなかった。少女も、一瞬見えた花の姿に驚いたものの、すぐにその幻想が消えたので、唖然としていた。
だが、大粒の朝露が、何もないはずの宙で美しく輝き、やがてつっと伝って落ちるのを、そこにいた子供ら全員が見た。
なんだあれは。
あっ、誰かが倒れているぞ。
幼い坊に気づいた子供らは、てんでに走って駆け寄った。
坊は抱き上げられて正気を取り戻し、かあちゃん、と叫んで再び泣いた。
「かあちゃん、かあちゃん」
坊は泣きながら、少女の胸にしがみついた。
「かあちゃんなんか、死んでしまったよ」
少女は言った。
「あたしたちはみんな、親なし子になっちまったんだよ」
坊は、ぽかんとして少女を見上げた。
少女の目は乾いており、口を引き結んで坊を見下ろしていた。
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