その告白はループ中

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「ごめんなさい、でもやっぱり好きなの。やり直したい」 すこし小綺麗なカフェでその声は小さく響いた。 あぁ、と僕はビールを煽る。このセリフ何回目だろうか。 彼女はスプーンでパフェをちょっとずつ食べ始めた。 お店のBGMが少し大きくなった。 他の客の喋りごえもよく聞こえる。 ただ彼女は時々上目遣いでこっちを見ながら無言でカフェを食べる。 「もう、やり直さないって言ったから。俺には新しい彼女がいるから」 彼女はパフェを食べる手を止めると、下を向いた。 その顔がどんな表情をしているかはもう知っている。 BGMが聞こえなくなった。他の客もみんな口パクをしている。 彼女が息をする音が小さく聞こえるくらい、周りは一切音がしなくなった。 「そう、だめなんだ……」 少し涙が混じった声が聞こえた。 彼女はバッグをゆっくり開けた。そして財布を取り出す。 「ごめんねっ!もう会わないから。これパフェ代払っててほしい」 財布から万札を1枚引き取ると髪が乱れるほどに、無理やり顔を上げた。 目は真っ赤で涙が垂れるのを必死にこらえているのが分かった。 お金に手が伸びたのを確認すると彼女は「お釣りはあげるからっ!」と席を勢いよく立った。 僕はビール缶をひっくり返す。そこに泡しか溜まっていなかった。 あぁ、これで彼女の出番は終わってしまった。 リモコンを使って彼女が出ているところまで戻した。 テレビいっぱいに彼女の顔が映る。 「ごめんなさい、でもやっぱり好きなの。やり直したい」 やっぱ、このドラマ最高だな。とふと気づいて停止ボタンを押した。 僕はこたつから出ると冷蔵庫から新たなビール缶を持ってきた。 冷蔵庫を閉める音がドアを開く音に聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。 だって閉めてるんだから。 僕はもう余計なことを考えないと決めてリモコンの再生ボタンを押した。 彼女の声をまた最初から聞けると思うとビールが進む。 これで見るのは50回目だ。 そろそろ「彼」の声が聞こえないように編集しようと考えてるところ。 僕は本当にやろうかな、と彼女の声をBGMにパソコンを弄り始めた。 と二階からガサガサ……と音がする。僕は何かが倒れたんだろうなと思ってほうっておくことに決めた。 逃げ出そうとして見つけられたときの彼女の反応はたまらないから。 音を殺した足音が廊下に響き、ついに玄関先まで到達した。 聞こえないように潜めたのだろうが、バレバレだ。 僕はテレビを止めることを忘れてそのまま玄関へかけていった。 「また逃げ出そうとしていたのかな!?純子ちゅあん♡」 僕は彼女を後ろから抱きしめた。 「ひっ!」なんて可愛い反応するじゃないか。 ゆっくりと彼女が後ろを向き始めた。 僕は、スマホの画面を彼女に向ける。 目にいっぱい溜まった涙はあのドラマにはない感情がこもっている。 僕だけの表情だ。 「あ、やっぱり最高だな」 一人暮らしの中年は幸せに一日を過ごしていた。 大好きな女優を家に監禁して、その反応を楽しんでいる事も含めて。 完
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