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しばらくして、太陽が海の方へと傾いてきた。
男は太陽を追って、海に入っていった。
「おいおい、正気か?」
俺は車をとめた。
暑いとはいえ、今は秋だ。海水浴を楽しむ季節じゃない。それでなくても、男は海を渡るのに充分な装備を持ち合わせているようには見えなかった。
「死ぬ気かよ?」
男はオレンジ色の光の塊――太陽に向かって海を泳いでいく。
脇目も振らず、なににも頼らず、その身ひとつで。
俺は車から降りて、男が泳いでいくのを眺めた。
「まぶしいなぁ」
あいつはどこまで行く気だろう。
行って、どうする気だろう。
噂の男と実際に会って、疑問が増えた。
わかるのは、彼から直接答えを聞いても、俺には理解できないということだ。
太陽が沈んでも、俺は水平線から目が離せなかった。
波の音がザザァ――、ザザァ――と胸に迫ってくる。
なんだか、このまま夜の闇に飲み込まれてしまいそうだ。
確かに夜はこわいなと、俺は心の中で男に語りかけた。
そんな自分に驚き呆れ、俺はひん曲がった口から乾いた笑いをもらした。
「ッハハハ――。認めるよ、お前はかっこいい。イカしてるぜ」
少々投げやりではあるが、彼を肯定することで、随分と体が軽くなった。
明日は俺も、自分の足で地面を駆けてみようか。
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