迷った道の先で

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「絶対! ぜーったい! こっちの方が近道!」 「いいや、ナビを見てみろ。ナビ通りに行けば着くんだから、真っ直ぐ行くぞ」  大きく揺れる車の中、俺は隣で運転する彼氏を睨む。 「さっきから何? 俺の言うこと全然聞いてくれないじゃないか」 「お前がこっちって言って言う通りにしたから、道に迷ったんじゃないか!」  ハンドルを握る彼氏……スバルは、イライラしながら前のめりになって運転している。舗装もガードレールもない山の中の道を、俺らはひたすら走っていた。  季節は夏。川遊びをしようと出かけて、適当に車を走らせたらひとがいない、絶好の遊び場を見つけた。ひたすら遊んで暗くなる前に、と車に乗り込んだものの、山の夜は思ったより早く、外はもう真っ暗だ。  車のナビは表示されている道以外、何もなく、暗い画面を映している。かれこれ一時間半、ヘッドライトが照らすのは山の木々だけという状況に、俺は音を上げた。 「だーかーらー! さっき舗装された道を見たんだって!」 「お前さっきもそう言って、何か分からない施設に辿り着いたじゃないか!」  このまま行く! というスバルは、ムキになっているのか大声だ。だって知らない道、街灯もない真っ暗闇、ついでにナビも一本道だけって、怖いじゃないか。 「絶対舗装された道の方がいいじゃん! こんなガタガタした道、誰も通らないから何かあったら……」 「不吉なこと言うなよ!」  どうやらスバルも怖いらしい。心なしかスピードも出ているから、この状況から抜け出したいのは俺だけじゃないようだ。  すると、道を曲がった先にハザードを点滅させている車を見つける。ひとがいることで一気に安心した俺は、その車に近付くにつれて様子がおかしいことに気付いた。 「なあ、あれ……」 「ああ」  スバルも気付いたようだ。その車の横に停まると、俺は窓を開けて声を掛ける。 「どうしたんですか?」  そこにいたのは大きなクロスカントリーSUV車に似合わない、細身の男性だった。彼は窓際まで寄ってきて、ホッとしたような表情を浮かべる。 「よかった。タイヤがパンクしたみたいで……公衆電話もないしどうしようかと」  彼が言うには、助けを呼ぶこともできずに朝を待つところだったそうだ。こんな所にひとりでいるのは心細かっただろう。 「よければ、街まで乗せてもらえませんか?」 「もちろん」  俺は即答すると、彼は礼を言いながら後部座席に乗った。スバルがまた車を走らせる。 「この辺の方ですか?」  黙っているのも気まずくて、俺は話しかけてみた。すると彼は、「川を見たくて隣県から来ました」と答える。 「俺たちも昼間、川で泳いでたんですよ。夏の川は冷たくて気持ちいいですね」 「……そうですか」  俺の言葉に少し間があった返答が気になって、後ろを振り返る。すると彼はニコリと微笑んだ。 「あ、そのTシャツ、俺の好きなブランドのシャツだ」  彼が着ているシャツのロゴが見えて、俺は声を上げる。すると彼も「僕も好きなんです」と笑った。一気に親近感が湧いて、身を乗り出したらスバルに止められる。 「何だよスバル。お前は運転に集中してろよ」 「あ、スバルさん? もう少し行くと大きな道に出るので」  彼が言った通り、しばらく走ると本当に大きな道路に出た。街灯もあるし、見覚えのある景色にホッとしたのもつかの間、ここがどこなのか理解して、ゾッと寒気がした。  そこは昼間俺たちが泳いだ、川のそばだったのだ。 「うそ……また戻って来たってこと?」  するとスバルは車を停める。どうして、と思ったらスバルは俺の手首を掴み、後部座席を睨んだ。 「こいつは俺のだ。渡さない。とっとと降りろ」 「おいスバル! お前なんてことを……!」 「いいから俺から離れるな。……ずっと俺たちの後を追い掛けてきやがって」  え? と俺はスバルを見た。スバルは俺ではなく後部座席を睨んでいるけれど、後部座席にはひとの足と身体が見えるものの、顔は暗がりで見えない。  ──あれ? さっきはどうして、明かりがないところで彼のシャツが見えたのだろう?  そう思ったら後部座席が見られなくなった。もしかして俺、この顔なし男と話してたっていうのか!? 助けを求めてきた時はあったよな!? 「コイツが変なところばかり行きたがったのは、お前の仕業か」  スバルの低い声がする。けど、スバルの手は震えていた。怖いのか……。こんな時なのに守ってくれて嬉しいと思う。  すると男は「はぁ」とため息をついた。不思議なことに身体は微動だにしないのに、声だけは妙に生々しい。それが余計にこのひとが生者じゃないと感じさせる。 「……また遊びにおいでよ」 「二度と行かない。失せろ」  スバルが言い切ると、男はハハッと笑って、それ以降は声が聞こえなくなった。どうやらいなくなった、らしい。怖くて後ろは振り向けず、スバルの震えた手を見つめる。動けない。 「よかった……!」  声が聞こえなくなってしばらくしてから、スバルに抱きしめられた。でも直ぐに離れると、車を発進させる。そして今度は、変な道に入ることなく、無事に家まで辿り着けた。  これは後でスバルに聞いた話だ。俺は最初に着いた遊び場はひとが多く、人けのない所へ行きたい、と言ったらしい。その辺りからアイツに誘われてたのでは、というのがスバルの憶測だ。記憶がないことが何よりも怖かった。水場はそういうのが集まると言うし、俺たちが遊んだ場所は、いわゆる「名所」だったらしい。スバルは止めたらしいけど、全然聞かなかったという。  そして帰りもナビ通りに進むスバルに、俺がどう見ても危険な方向へ進ませようとするから、これは危ないと思ったところであの男が現れたそうだ。普通に助けを求めてるひとに見えたから車を停めたけど、男が乗った瞬間寒気と、「この子を寄越せ」という声がうるさく脳裏に響いたという。  無事でよかった、と思った。そしてスバルには感謝だ。でも今度から遊ぶ時は、場所をちゃんと選ばないとな。 「俺を離さないでいてくれて、ありがとう」  愛の力は幽霊も撃退する。……なんちゃって。 [完]
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