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暑さの中、手をかざした。途方もなく広く長い道。
(どこまで続いているんだろう)
そんなことをぼんやりと考える。
――キキッ!
黒い車が脇に止まって窓が開いた。
「おい!」
大きな声がかかる。足元を見るといつの間にか道路の真ん中寄りを歩いていた。
「すみません、気がつかなくて」
僕は脇にどいた。あまり車が通らなかったから注意散漫になっていたみたいだ。
頭を下げたけど、中の男がじっと僕を見てる。また因縁でもつけられるんだろうか…… そんなことを考えた。頭を振った。金もほとんど無い。そう思って、今の僕の唯一の財産の腕時計を見た。どれくらいするんだろう…… 肩にかけたバックパックには僅かな着替えが入ってるだけ。
(今夜も野宿しかないかな……)
またぼんやりしている。そうだ、と時計を外した。
「これで勘弁してもらえませんか」
ドアが開いて男が出てきた。
(参ったな、今日はこれで二度目だ)
「もう渡せる金も無いです、さっき他のヤツらに取られちゃったから」
とたんに彼の顔色が変わってがっしりした手が僕の体を上から下までまさぐった。突然の容赦ない手つきに焦るばっかりで体が動かない。
「あ あの……」
こんな状態なのに『あの』しか言えない自分が情けない。
「ここ、痛いか?」
「いてっ!」
右側の腿を押されて思わず小さく声が出た。さっき蹴られたところだ。
「後ろから見てて足、引きずってたからな」
そう言って真正面に立ち上がった彼は、気遣わし気な顔をしている。短い黒い髪と日焼けした顔。僕よりちょっと背が低く、年上に見えた。ネイビーのTシャツの下の筋肉の動きがはっきり分かった。
「大丈夫です、たいしたことないです」
「何か……何か困ってるんじゃないか?」
――困ってる
確かにいろいろ困ってるんだけど。でも、どこから手をつけていいか分からないんだ。
「どうした、大丈夫か?」
「あ……すみません、すぐ頭がボーっとしてしまって……」
よっぽど僕は弱弱しい顔をしてるに違いない、だって行きずりの人がこんなに心配するんだから。
「なんなら力、貸すぞ」
「そんなご迷惑かけるわけには……」
「何言ってるんだ! ……すまん、いいんだよ、迷惑なんかじゃない。ちょっと探しものしてただけだから」
優しい人だ。ほっとして体から力が抜けそうになった。雲一つないフリーウェイをずっと歩いてきた。親指を立ててもまばらな車が止まってくれることは無かった。
「乗ってけよ。歩くよりずっといい」
そう言って、ぐるっと回って助手席のドアを開けてくれた。真っ直ぐに僕を見る目が温かい。
(どこか近くの街にでも乗せてってもらおうか)
その黒い瞳に惹かれるように僕は車に乗った。不思議だけど、助手席に座るとなんだか懐かしいような気持ちに包まれた。
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