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目を閉じた僕に隣の席から低い声が聞こえた。
「大丈夫か? だいぶ参ってるみたいだな」
「ちょっと疲れちゃって」
「どこに行くところだったんだ?」
「どこって……」
考えて歩いていたわけじゃなかった。ここがどこかも分からない。
「いったい何があったんだ? どう見ても普通じゃないぞ」
「僕は川で流れてたらしくて」
「川?」
「キャンプしていたグループに助けられたんです」
自分のことなのに淡々としていて、まるで他人のことを話してるみたいだ。
「ケガは?」
「頭をちょっと…… 多分川で岩にでも当たったんだろうって」
「そうか…… そのせいで何も覚えちゃいないのか?」
「そうみたいで…… あれ? 記憶が無いって言いましたっけ?」
「そんなの、見りゃ分かるよ。行き先さえ分かんないんだろ?」
僕は苦笑した。
「そう、ですね。自分のことが分かるようなもの、何もなかったし。気のいい人たちで、服とバッグと少しだけどお金をくれたんです。別れてからずっと歩いてたらこの道に出ちゃって」
少し間が開いた。
「俺が病院に連れてってやるよ」
「そんな、迷惑」
「俺は今、暇なんだ。気にしなくていい」
「でも、探しものをしてるって」
「ああ、それならさっき見つけたからもういいんだ」
彼は穏やかに笑っていた。
「あの……あなたの名前……」
「ベンジャミン・ウォルトン。ベンと呼んでくれ」
「僕はジョン・オ―マンです」
「本名か?」
「いえ、僕を助けてくれた人がつけてくれて」
「ジョンって感じじゃないな」
確かに自分でもすごく違和感がある。
「そうだな、ルディとか」
「ルディ……ルディ。ええ、それがいいです。さっきのより何だかしっくりきます」
「そうか、じゃ、ルディ・ウォルトンだ。しっかり覚えてくれ、病院で聞かれるから。ただの記憶喪失だと警察が絡んでくる。それは面倒だろ? 俺の弟になればいいさ」
警察…… 急に不安になってきた。
「ベン…… あの、僕は犯罪者かもしれない。逃げてる途中で川に落ちたとか、それとも」
「それはないな」
即答だった。
「どうして? 分からないじゃないですか。あなたに迷惑かかっちゃ」
「さっきから迷惑迷惑って、迷惑だと思ったら言う。それからお前は犯罪者じゃない。いろんなヤツ見てきた俺が言うんだから間違いない」
しばらく静かな時間が過ぎた。頭痛の中で好奇心が生まれる。恐る恐る聞いてみた。
「どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」
ぽつりと漏れ出るような言葉。
「どことなく弟に似てるんだ……それより少し寝た方がいい。青い顔してるぞ」
有無を言わさない響き…… でも、今の僕にはその響きが心地よかった。少なくとも今は心配事でいっぱいだったのが軽くなっている。
安心したせいか、目を閉じただけで僕は眠っていた……
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