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車体の揺れがほど良い睡眠剤になったみたいだ。肩を揺り動かされる。
「飯でも食おう」
車を下りると、一気に暑さに体を包まれた。目の前に小さなレストランがある。
『セシルおばさんの台所』
「こういう店はきっと美味いんだ」
外壁は深みのある青のタイル。そんなに高級そうには見えないけど、僕の懐は……
「あの、今お腹空いてないんです。待ってるから食べてきてください」
「1人で食ったって美味くなんかない。せっかく一緒なんだからつき合えよ」
半ば強引に、引きずられるようにして店に入った。
「わ! いい匂い……」
つい言ってしまって、慌てて隣を見た。ベンが小さく笑っている。
「いいから食いたいもん頼めよ」
壁のメニューが目を誘う。それに漂う匂いが僕の腹を正直にしていた。ぐぅっと音が鳴る。オーダーを取りに来た女の子に素直に言う。
「サラダと、パンケーキ。チキンソテーを」
「俺も同じものを。後はコーヒーをくれ」
僕はおたおたしてしまっていた。
「何か……頼みすぎちゃって」
「そんなことないさ。安心したよ、しっかりしたもん注文してくれて」
恥ずかしくて壁に目をやるとくすみのある青が気持ちを穏やかにしてくれた。
テーブルに皿が並んだ。どれもたっぷりあってすごく美味しそうだ。ベンの食べっぷりは豪快で、僕も釣られるように勢いよく食べ始めた。
「美味いか?」
聞かれて顔も上げずに頷いた。
「追加注文して構わないから。だからもうちょっとゆっくり食え」
慌てて噛む速度を落とす。
人心地ついてコーヒーを啜り始めた。
「腹いっぱいになったか?」
「ええ、もう入らないってくらいに」
「そうか。食欲があって良かった。頭は?」
「まだ痛むけど。食べたら少し良くなったような気がします」
「一応病院に寄っておくか」
当り前のように会計を済ませて外に出たベンに『ご迷惑を』と言いそうになって口ごもってしまった。
「すっかりお世話になっちゃって……ご馳走さまでした。美味かったです」
ベンはふっと笑った。
車に乗ってベンが地図を眺めた。
「寝るといい、この先40分くらいの所に病院がある」
「……どうしてこんなに」
「面倒見るかって?」
少し間が開く。いけないことを聞いてしまっただろうか。
「……俺はあるヤツとケンカしたんだ。単なる意見の相違だった」
ぽつぽつと話す言葉の間に後悔が見える。
「それは間違いだったよ。その罪滅ぼしさ。だから俺の都合でお前の面倒を見てる。俺の自己満足に付き合ってくれないか?」
「じゃ、僕は少しはあなたの役に立ってるんですね?」
「ああ、そうだ。だから気にしなくっていいんだ、本当に」
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