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病院はそれほど混んでなくて、すぐに一通りの検査を受けた。ビクビクしたけど医者の質問にはほとんどベンが答えてくれた。
「兄弟で旅してるんですが、途中のスタンドで滑ったんですよ。ちょっとしたケガだと思ったんですが、そのうち『あんた誰?』とか言い始めて。ふざけてるのかと思ったんですけどね、どうやら本当に分からないみたいで」
その医者はややこしいことには立ち入りたくないみたいだった。
「一時的に記憶が消えるっていうのはよくありますよ。その内思い出すでしょう。のんびり待つことですね」
傷薬を塗って痛み止めをもらったくらい。驚くほど簡単な診察。かかった時間は2分程度。
「適当な医者だったな」
ベンも呆れている。
「でもほっとした! 入院とかになったらどうしようかと思っちゃった」
「ところでどうする? 目的が無いんならこのまま一緒にいないか?」
「本当にいいんですか?」
「俺は構わないよ。さっき言った通りだ」
僕はそのまま世話になることにした。金が無いのは知ってくれているし、すごく有難い。
少しずつ陽が翳って空気がひんやりとしてきた。
「ここってどの辺り?」
「言ったら分かりそうか?」
「地図は頭に残ってると思うんです」
「そうか。この通りは分かるか?」
外を見る。やたら広い道幅。なにも無い。アメリカの典型的なただの道路。
「景色だけじゃ分かんないか。ルート66だよ」
「マザーロード?」
「すんなり出て来たな。そうだ」
アメリカの文化の立役者でありながら、いつの間にか記憶から薄れて行った道。最近はまた栄え始めているが。
「どこに向かってるんですか?」
「北。サンタフェを抜けてコロラドに行く」
「そっちに用があるの?」
「俺は寒いのが嫌いなんだ」
コロラドは特に一日の寒暖差が激しい。朝晩で確か15度から20度くらいの差がある。
「寒いのが嫌いなのにコロラドに行くの?」
「そうすりゃ外に出ない口実が出来る」
こっちを向いてニヤッと笑った顔が子どもっぽく見えるから、つい僕も笑ってしまった。
「聞いていい?」
「なんだ?」
「さっき言ってたケンカの相手って……弟さん?」
ベンは一呼吸置いた。
「……お前の言う通りだよ、そいつは弟だ」
「もう会えないんですか?」
「いや、会ったよ」
「そうですか! じゃ、仲直り出来たんですね?」
「それは……当分厳しそうだ。あいつは心を閉ざしていた。……だから俺は待つことにしたよ、あいつが戻ってきてくれるのを」
それ以上は聞かなかった。窓越しの道がたまに揺れて、何で僕が泣いているんだろう、と思った。
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