その手を取って向かうのは

2/9
前へ
/495ページ
次へ
 ちょっと反省して、説得をするために俊君を見た。  でも俊君はその何かを耐えるような複雑そうな表情を私ではなく岸に向けている。 「……聖良先輩は、お前を選んだ」  うなるように、俊君は声を出す。 「そして、聖良先輩がお前の“唯一”だって言うなら……俺はこの手を離さなきゃならない」  その言葉は、自分に言い聞かせている様にも聞こえた。 「離したくないけれど、仕方ないから離してやる……だから!」  キッと、真っ直ぐ岸を睨みつける。 「絶対に、守りきれ!」 「俊君……」  俊君が複雑な心境だってことくらいは分かる。  それでも手を離してくれると言った。  守る役目を岸に預けると言ってくれた。  それが申し訳なくて……嬉しくて……。  泣きたくなりそうな気持ちをグッとこらえた。  そうしていると、無言で近づいてきた岸が私のもう片方の手を掴む。  はぁ……、と面倒臭そうにため息をつきつつも、その目は真っ直ぐ俊君を見ていた。 「テメェに言われるまでもねぇ。守るに決まってんだろ?」  だからその手を離せと睨みつける。  悔しそうな俊君だったけれど、彼はゆっくり私の腕を離してくれる。  俊君の手が離れるかどうかというところで、私は岸に腕を引かれた。 「……ったく。お前を好きな男は俺だけで良いってのに……」  そんな文句と共に、抱き留められる。 「っ――」  私だけを求めてくれる声。  私だけを選んでくれるその手に、どうしようもなく喜びが湧いてくる。  その喜びを与えてくれる岸に、応えたいと思う。  でも、今の私は色んな感情が渦巻いていてまだ素直に求めることが出来ない。  嬉しい、心苦しい、求めたい、申し訳ない。  喜びと悲しみの感情が行ったり来たり。  元々素直じゃない性格もあって、私の方から岸に抱き着くことは出来なかった。
/495ページ

最初のコメントを投稿しよう!

183人が本棚に入れています
本棚に追加