その手を取って向かうのは

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 ただ、私が岸を選んだんだってちゃんと分かってはもらいたくて……。  好きなんだと口ではまだ言えそうにないから態度で示したくて……。  私は岸のシャツをキュッと控えめに掴んだ。 「聖良……?」  呼びかけに少しだけ顔を上げる。  岸の切れ長な目の中にある黒い瞳を目にした途端、どうしようもなく感情があふれ出た。 「っ……あ……」  あふれすぎて、言葉が出てこない。  会いたかった。  会いたかった!  会えないということが、こんなにも辛いことだなんて知らなかった。  泣きたくなるほど想いはあふれるのに、やっぱり言葉は出てきてくれなくて……。  くるしいよ……。 「聖良……分かってるっての」  でも、岸はそんな私を見ただけで理解の言葉をくれた。  少し皮肉気な、素直じゃない笑い方。 「……とりあえず、落ち着け」 「ぁんっ」  ささやきと共に唇が落ちてきた。  塞いで、ついばんで……今度は優しく触れて。  このキスは知ってる。  前回会ったときにしてくれたのと同じ。  私を落ち着かせてくれるキスだ。  何度か触れあい、落ち着きを取り戻すと同時に状況を思いだす。  ……ちょっと待って。  周りにまだ嘉輪達いるんだけど⁉  いっぱいいっぱいで周囲にまで気を配れなかった。  でも落ち着くと、みんなに見られている中キスをしたという事実を嫌でも突き付けられる。  や、やってしまったーーー!  落ち着いてしまうと、今度は逆に恥ずかしさが襲ってきた。  また別の意味で言葉が紡げない。
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