幼馴染み

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「柚月さんって佐藤くんと付き合ってるの?」 机に座って読書をしていると、私の席に近づいてきたギャルっぽい三人組の女子生徒のうち、リーダー格らしき金髪の女子が腕を組みながら質問した。 私はああ、またかと溜息を吐いて、読んでいたページに栞を挟む。 「ただの幼馴染みです」 何千回と繰り返された言葉は、しかし金髪の女子には本気だと捉えられていない。 「その割には随分仲がよさそうだけれど」 「まあ、大我とは赤ん坊の頃からの付き合いなので仲はいいですけど……それだけですよ。他には何もない。ただの友達です。男女でも友情は成立するでしょう?」 私は淡々と言って、これ以上話すことはない、と金髪の女子から顔を背けて本を開きかけた。 バン、といきなり机を叩かれる。 私が金髪の女子に再び目を向けると、彼女は意地が悪そうに笑っていた。 「じゃあ、私が佐藤くんの彼女になってもいいのね」 「はあ」 私は喉から出そうになった言葉を飲み込んだ。さっき男女の友情は成立すると言った手前、言えることではない。 「好きにしたらいいじゃないですか。大我もいい加減身を固めるべきだと思ってたところですし」 「二言はないわね?」 「はい」 「そう。じゃあ、それだけだから。読書の邪魔してごめんなさいね」 ふふん、と自信満々に鼻を鳴らして、金髪の女子は私の席から離れていく。それと同時に、チャイムが鳴った。 昼休みの読書時間を邪魔されて、私は再び溜息をついた。 翌日、あの金髪の女子と幼馴染みが付き合いだしたとクラスメイトから聞いた。 クラスメイトに本当にいいのかと尋ねられて、私は言った。 「別に。むしろ、あの女の子の方が心配だわ。今度は居なくならなければいいのだけれど」 私の言葉に、クラスメイトは首を傾げた。 佐藤大我は私の幼馴染みで、学校一の人気者だ。いつでも日向にいて、太陽のようにみんなを照らす。日陰にいる方が好ましい私としては、大我の存在は厄介だった。 何せ、大我と雑談をしているだけでも同性に僻まれるのだ。大我のせいで、私には同性の友達がほとんどいなかった。 まあ、それはいい。一六年も一緒にいれば、慣れることだ。 問題は大我が誰かと付き合った時のこと。私は今回こそ何事もなく無事に済むことを願っていた。 しかし、一ヶ月後。私に宣戦布告してきた金髪の女子は、行方しれずとなった。 「あ、あの……柚月さん。佐藤くんから、織子のこと何か聞いてない?」 昼休み。昼食を終えてひとり読書をしていた私の元に、金髪の女の子と一緒にいたギャルの二人が青ざめた顔をして私の元に来た。私は栞を挟んでから本を閉じる。 「織子って?」 「一ヶ月前に、一緒に来た金髪の子」 「何も聞いていないけれど。そういうのは大我から聞いてみたらどう?」 私の問いに、ギャルの二人は気まずそうにする。察するに、もう尋ねた後か。 「大我、何か言ってたの?」 「…………何も。でも、何か、変な感じがした」 「やっぱり、織子のこと止めた方がよかったんだよ。佐藤くん、何か変な感じするって私言ったじゃん」 織子さんは大我の本性を見抜けなかったみたいだが、彼女の友達は大我の本性に気付いていたみたいだ。 私は席を立った。ギャルの二人が唖然として私を見る。 「ちょっと着いてきて」 私は返事も待たずにすたすたと教室のドアに向かった。後ろから慌ただしい足音がする。 せめて、彼女たちには説明するべきだろう。 女子トイレの一番奥の個室に三人で入ると、鍵を閉めた。 私はピンクのタイルの壁に背を預けて、腕を組んで言った。 「これは説明責任を果たさなかったから話すことだけど、一つだけ約束して。私が今から話すことを、誰にも口外しないと誓って」 ギャルの二人は一瞬顔を見合わせたが、私の方に顔を向け、こくりと頷いた。 私は話を切り出した。 「大我はね、小学生の時に猫を一五匹生き埋めにして殺したことがあるのよ」 二人がひゅっと息を飲む。私は構わずに話を進めた。 「大我本人から聞いたの。前足と後ろ足をガムテープで縛って、口を塞いで、穴を掘って埋めたって。でも一五匹目で大人に見つかって、その後は緊急の学年集会が開かれたわ。大人たちに質問攻めされた時、大我は答えたの。だって、たかが一五匹じゃないですか、って」 私は言葉を切って、ギャルの二人を観察する。元々青ざめていた顔が、さらに青くなっている。 私は短く息を吐いて、結論を述べた。 「大我はね、倫理観が欠けているのよ。命を紙の上の数字でしかはかれない。命の重さをはかれない。そういう男なの。だから、私は大我に何も思わない。思いたくもない。大学生になったら、彼から離れるつもり。……貴方たちも、もう大我には関わらないほうがいいわ」 チャイムが鳴る。私は恐怖で固まる二人を置いて、トイレの個室の中から出ていった。女子トイレから出て廊下を歩いていると、大我に出会った。 「澪音」 「大我」 私たちは互いの名を呼び合う。視線が交差する。大我は笑っているが、その目には光が宿っていない。 大我に違和感を抱いたのはいつからだったろうか。はっきりとは覚えていないが、物心ついた時には既に違和感を抱いていた。彼が猫殺しをしていたと聞いた時、恐怖を抱くのではなく、納得したのは始めから違和感を抱いていたからだ。 「どうしたの? もうお昼終わったよ」 「貴方こそ何してるのよ」 「お腹が痛くなったからトイレに行こうかなって」 「そう」 会話が途切れる。私は大我に、織子さんのことを尋ねてみることにした。 「貴方の彼女、行方不明になったんですってね」 「うん。そうみたいだね」 「少しは心配してあげなさいよ」 「わかったよ」 本当に分かっているのだろうか。 私は最後にこう尋ねた。 「織子さん、いまどこにいるのかしらね」 私の問いに、大我は答えた。 「案外近くにいると思うよ」
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