1.初めての職質

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 以前忌一は不動産屋から、バイトと称して様々な依頼を受けたことがある。最初は解体できない物件の怪奇現象調査から始まり、事故物件に一定期間寝泊りしたり、遺品整理業者の手伝いをしたり、はたまた管理会社からの謎の騒音問題まで解決したこともあった。  その不動産屋の店長にお願いすれば普通の部屋は無理でも、格安で事故物件なら借して貰えそうなものだが…… 「茜殿(あかねどの)には会うじゃろうのう」  まるで思考を読まれたかのように、突然上着のネルシャツの胸ポケットから、しわがれた老人の声がした。『茜殿』というのは、不動産屋で働く忌一の血のつながらない従妹(いとこ)のことだ。不動産屋の依頼を引き受けたのも、この松原茜を通してお願いされたからだった。 「それは絶対ダメだ」  ビニール袋を握る手にグッと力が入る。  忌一にとって茜は、養父以上に危険に晒したくない相手だった。それなのに、一度だけ自宅を訪れたそのとんでもない奴に、茜の存在まで知られてしまっている。  しかし不幸中の幸いと言うべきか、その直後に茜から「大っ嫌い」と言われたので、自ら彼女に近づかなければ向こうから近づくことは無いだろうが。 (む、胸が痛い……)  彼女の身を守るためとは言え、初めて出会った時からの長年の想い人に逢えないのは辛いし、その上嫌われているという事実が耐えがたい痛みとなり、何が刺さっているわけでもないのに何となく自分の左胸を撫で回す。 「さっきから一人で面白い兄ちゃんだな」  突然、左隣からそんな声がして思わず振り向いた。左隣りのブランコには、いつの間にやら小学校中学年くらいの少年が乗っていた。しかもかなりの全力で漕いでいて、気づかないうちに彼のブランコは水平になるほどの振り子で動いている。 「おい坊主、帰らなくていいのか?」  全く面白くない状況で「面白い」と言われたせいもあったのかもしれない。少年に向かってつい、そう声をかけてしまった。胸ポケットからは先ほどより小さな声で、「良いのか? 忌一」という老人の声がかすかに聞こえる。 「良いのかって何が?」  そう答えて再び隣を見ると、少年が酷く驚いた表情でこちらを見つめていた。そして片足で地面を擦り、焦ったようにブランコの勢いを止める。 「兄ちゃん……オレのこと、見えるの!?」  少年はこれでもかと顔を覗き込んで、そう訊ねる。 (やっべ……。そういうことか)  咄嗟に何も見えなかった振りをして、何事もなかったかのようにブランコを漕ぎ始めた。が、時既に遅し。少年は忌一の乗るブランコの周りをぐるぐると回り、「ねぇ、見えてるんでしょ!? ねぇ! 隠したって無駄だよ! もっと話そうよ! ねぇってば!」と、嬉しそうに話しかける。
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