第三話

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第三話

十月、典君は、思い出をいっぱい作って旅立った。 そして 「こんにちは」 「……」 「おばあちゃん?」 「……」 「この頃は、ボーっとしている時間が長くなりました」 「そうですか、おじいちゃんの方は?」 「おじい様は、ケア室で将棋をなさってると思います」 「では、そっちに行ってみます、おばあちゃん、おじいちゃんのところ行って来るね」 返事は帰ってこない、世話をしてくれる人に頭を下げた。お願いしますと。 「おじいちゃん」 「オー、ちょっと待っててくれ」 孫か?いいなと言われ、車いすを動かそうとしたので押してやった。 二人とも八十五、長生き、私にとって、大事な人たち。 「これをな、井上さんに渡してくれんか」 「かぎ?どこの?」 「貸金庫じゃ、ばあさんは、寝たきりになる…… お前には辛い思いさせたな」 首を振った。 「また来るね」 「ああ、さむくなる、気お付けろ」 左の腕を取った。義手をつけていない腕の先を擦ってくれた。 「すまなかった」 「おじいちゃん・・・」 家に帰ると、今までいた人がいない静けさが寂しかった。 また、母の事を思い出した。 数少ない、母との写真は、おじいちゃんが持っていた、アルバムにも貼り付けないものだった。 今は、みんなが笑っている。この会社に入ってから撮ったものだ、それまでは彼の手元には、何もなかった、この間のお祭りの様子もある。 私のページでもいいんだよね。 スマホから取り出しスナップ写真にしておいた、この頃は料理もとっているからすぐにいっぱいになっちゃうし。 「ただいま」 「おかえり」 どうだったと聞いてくれる。 何かそれだけでうれしかった。 「おばあちゃん、痴ほうが進んでいて、このままじゃ寝たきりになるって、それで、これ、おじいちゃんから、貸金庫のカギ、忠典さんに話してあるからって」 「ああ、そうか、おじいちゃんな、だいぶショックだったみたいだ、おばあちゃんが自分の事を覚えていないのが」 「うん、もう、ご飯を上げても口も開いてくれないって、今日ね、初めておじいちゃんが、この腕を擦ってくれたの、でね・・・すまなかったって」 涙が出てきた。 彼の大きな胸に抱かれた、頭をなでる彼の胸で… 約束の一年は目の前だから。 俺と戸田はそのカギをもって貸金庫へ向かった。 「何が出てくるかな?」 「さあな、鬼が出るか蛇が出るか」 「そんな怖いものでもないと思うがな」 「お待たせいたしました、どうぞこちらへ」 普通のタイプよりも大きいものだ、それを開けた。中には、研究のデーター、それは、大学の後輩に渡す分。 そして。 「これか」 「さてと、あちこち行ってこないとな、これは頼めるか?」 「ああ、これだけで億万長者なのにな、まったくついてないな」 「仕方がないさ、もうこれは違う人の手に渡る」 「特許もすごい数だな」 「そっちは任せるよ」 「全部彼女の物でいいんだよな」 「ああ、そうしてくれ」 「わかった」 そして俺は大事なものだけをもって、亜矢と明日から出かけることとなる。
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