第三話

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中に案内されると、ベッドの上にいる男性年は、おじいちゃんより若そうだが。 「教授のお孫さんですか?確か亜矢ちゃん?」 「はい、そうです、今日は祖父から頼まれた物を持ってきました、これなんですが」 手紙を渡した。 「一度だけね、君にあったことがあるんだ、教授の喜んだ顔覚えてるよ」 そうなんだ、喜んでくれたんだ。 表書きには、この方のお名前、裏には、短歌のようなものが書かれていた。 「ハハハ、先生らしい、お恥ずかしい、交通事故でね、動けなくなってしまってね、おーい」 「はい」 二階のお気に入りの開き戸、右側に、小さな、茶碗があるんだ、中身ごと持ってきてくれないか? 先生はお元気ですかという、今老人ホームにはいっていて、車いす生活だと話した。 「そうか、お会いしたかったな」 「あ、見ますか?もしよろしければ、写真か、動画とらせてくださいますか?」 「便利な世の中になったな」 スマホの中のおじいちゃんを見て、懐かしいなと言ってくださった。 「これですか?」 「すごい埃だな」 「ちょっと待っていてくださいね」 窓を開けフーッと拭いて、ハンカチを出して、それを拭いた。 「この茶碗はね、君のお母さんの作品でね、中学生の時に作った物なんだ」 「あのー、木村さんは、母の事知ってるんですか?」 「うん、中学の教師だったからね、そしてこれが、先生がもしよかったら、君に返してほしいと言ってきたものだ」 「なにこれ?」 「カフスボタンだ、何でだ?」 「君は、親戚かい?」 「いいえ、主人です」 「遅くなりました、井上と申します」 名刺を渡した。 「北山商事、このマークは、北条」 「ご存知ですか?」 教師でしたから、ある程度の会社は覚えていますと言われた。 「そうか、いい人と巡り合えたんだね、これはかえすよ」 「いいんですか?」 「うん、これは、最初から返すつもりだったんだ、亜矢ちゃんが結婚するときに、プレゼントしてほしいってね、君のお父さんのおじいちゃんの物なんだよ」 これか! 「え?私、父の事は知りません」 「うん、結婚できなかったからね、反対されてね、まだ幼かったしね」 「あのー父は生きてるんですか?」 「残念だけど、若くして亡くなってね、僕は、彼も受け持っていたから」 「じゃあ、私の父は」 「悪い、あの卒業アルバムいいかな」 「はい」 古い卒業アルバムを開いた。 「これがお母さんだ」 「はい、そうです、母です」 「そして、彼が父親だ」 初めて見た父の顔、そして、もう、この人もこの世にいない。 「病気か事故ですか?」 「ん?まあね、十七の時にね」 「私が生まれた時だ」 「そうだったね、不幸な事故でね、彼は親と一緒に亡くなったんだ」 「そうなんだ・・・あの、これ写真撮ってもいいですか?」 「うんいいけど」 「母の写真、少ししかなくてありがとうございます、お会いできてよかったです」 「俺もだよ、ありがとう」 亜矢にちょっと二人で話がしたいと頼んで外に出てもらった。 「実は先ほどのカフス、あれがどういう経緯で先生の手元に来たのかご存じありませんか?」 彼は当時のことを話し始めた。一度は二人で逃避行をしようと思っていたのだが引き戻された父親。彼は相談を受けることになる。それは両親の事、急に、海外へ行くと言い出した、訳が分からない、ただ、亜矢の母親あゆみも一緒に連れて行くという事で安心したらしいが、さすがにおかしいと気が付いた。 そこで預かったのがこれ、こんな高価なもの、持っているのがおかしいというのだ、それともう一つ、時計、これもあまりに高価すぎて、それは彼との約束の品という事であゆみに渡してあるというのだ。 そして事故が起きる、返す間もなく、彼はあゆみのもとを訪ねるが、父親があわせてくれない、そこでその話をすると彼は、処分してくれと言ってきた、だが彼の形見でもある、そしてあゆみがなくなったことを知った彼はまた会いに行くことになる。その時に、亜矢が大きくなったら渡してほしいと言われたそうだ私はずっと持っていたという。 本当に構わないのか聞くと、亜矢にとって大事な形見はこれしかないのではないかと答えられた。それは家族三人が亡くなったことで親戚たちがすぐに彼らの家を引き渡してしまったりしたこと、あゆみには何も残らない。ただ時計だけを彼女が持っているのかどうかすらわからなかったからずっと持っていたのだというのだ。 「あのーもう一つ、先生の交通事故とは?」 「ああ、自転車で衝突しましてね、坂道だったもんで、加速がつきすぎて、馬鹿ですよね、この年になって歩けないのはつらいですが、教壇には立っていますので」 そうか狙われたわけではないのか、よかった。 俺は頭を下げ、亜矢と今度は祖父の施設へ向かった。 「なんか、お前の母さんの足跡を歩いているようだな」 「うん、ありがたいなー」 「そうだな、おじいちゃんに感謝だな」 彼女の手の中には、母親の作った茶碗が大事に握られていた。
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