〇〇道

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 今日こそ、渡すんだから。  私の想いをいっぱい詰め込んだラブレター。  女友達から男友達へ、さらにその友達のつてまで使って、苦労して手に入れた彼の帰り道。いつもは部活動で忙しくいつ帰るか分からない彼も、今日は学年一斉の実力テスト実施日だから部活動はお休みで、彼が帰宅する時間は予想出来る。それに明日も試験が続くから、さすがの彼も部活動帰りのようにコンビニで買い食いとかの寄り道は無いだろうし。  そう思って、私は通学カバンの奥底にしまってある手紙を確かめる。カバンの奥底に手を入れて、指先に感じる確かな手ごたえは、一週間も前の夜に何度も何度も開封して中の文章を確認した、私の本気が詰まってる手紙。  よしよし、あるな。  あとは実行あるのみ。  男は度胸だけど、女も度胸、だ。  * * *  目的の駅に着くと、私は一度深呼吸してから、彼がいつも通学路として使ってる道に足早に向かう。早くしないと彼が来てしまう。せっかく彼よりも早い電車でこの駅に着いたのに、彼を待ち伏せすることが出来なくなっちゃう。  え⁈  ちょっと待って。道が二つに分かれてる。  やばい、どうしよう。  手に入れた情報では、駅前から彼の家に進む道は、確か一本だけだったはずなのに。でも、駅前からは二股に道が分かれてた。そう、大きな公園をはさむように彼の自宅に向かう道は二つあった。  大変、間違えた道を選んだら、彼に会えない。  どうしよう、どうしよう。  えい、しかたない彼の家に近い、右側の道を選ぼう。  私は、清水の舞台から飛び降りるつもりで右側の道を選んだ。少し進むと、駅前のような喧騒はなくなり、住宅街特有の静けさが現れた。あとは彼が来るのをここで待つだけだ。  * * *  しかし、彼の乗ったであろう電車が駅に着いた時間はとっくに過ぎているのに、彼は道に現れない。私は不安になって、公園の垣根越しに反対側にあるもう一本の道を覗く。  え?  なんで、帰宅するのに公園の中を歩いてるの?  彼は、公園を囲むように設置されたどちらの道も使わずに、公園の中を悠々と歩いていた。  私は焦った。このままでは、彼に手紙を渡せない。私の今いる道から公園に入る出入口は近くにない。だから私は、公園と道路を隔てている垣根を抜ける道を必死になって探す。すると、運よく垣根に子供がやっと一人通れるぐらいの穴が空いているのを見つけた。  えい、女は度胸。  少しぐらい制服が破れても気にしない。  ビリ、ビリ。  イヤな音が耳に聞こえてきたが、私はその抜け道を無理やり通ると大急ぎで彼の元に向かう。もうこうなったら、恥ずかしさは二の次。私は時の勢いに身を任せることにした。  そして、彼に聞こえるぐらいの声で呼び止める。 「佐藤君、ごめん。ちょっとお話あるんだけど」 「あれ、田中さん、どうしたの? 制服に枝が刺さってるんだけど」  私は、息がととのうのを待ってから、大急ぎでカバンの中から折りたたんである手紙を出して、彼に渡す。そして、真っ赤になった顔で叫んだ。 「お願いです。今、これを読んでください。そして返事を下さい」  もう、ここまで来たら恥ずかしさなんかくそくらえだ。ショートボブのお気に入りの髪には、小さな葉っぱがこれでもかってぐらい付いて、真っ赤な顔と綺麗な緑のコントラストが最高だろう。可愛い制服には小枝が刺さりまくってて、あちらこちらが無残にほころんでいた。  もう、私には失う物なんか何も無い。そんな自暴自棄になった私は、彼にも大胆な行動をとってしまったんだ。  * * *  公園の時は、止まった。    ガサ、ガサ。  彼は、私が渡した紙片を広げると、そこに書かれている文章を一字一句丁寧に目を通していた。そして一瞬考えてから、微笑んでこう言った。 「よくわからないけど……、返事はOKかな。今日はテストで頭使ったから甘い物食べたいしね。どうする、直ぐに行くかい?」 「へぃ?」  彼の謎の返事の正体は、広げて見せてくれた紙片を見て納得してしまった。たしかに紙片にはこう書いてあった、私の弟の字で。 『オールドファッションとチョコリング、買って来て』  ── そう、昨日の夜、弟が何か私に言いながら、私のカバンに手を突っ込んでいたのを思い出した。私は今日のことでアップアップだったから、弟の昨晩の行動をすっかり忘れてたのだ。  * * *  結局、彼と私は、公園から駅前まで戻って駅前にあるドーナッツショップに入った。そして弟のためにオールドファッションとチョコリングを買ったら、飲み物とドーナッツを片手に駅前の道が見えるスタンド席に並んで座った。 「佐藤君、どうして公園なんか歩いてたの? 君の家って、公園からは行けないでしょう」 「あれ、見られてたのか。実は公園の突き当りの林の中に、俺の家まで行けるけもの道があるんだよ。だから、公園を囲んでる道を通るより、公園を突っ切ってけもの道を通る方が速いんだ」  彼は少し恥ずかしそうに頭をかいた後で、エンゼルクリームを頬張る。私は、髪に付いた葉っぱをカバンから取り出したくしでそげ落とすと、アイスティーを一口飲んでから、隣にいる彼の気配を感じながら、分からないように軽くため息を付く。  ああ、もう。恥ずかしい姿を彼に見せちゃって。  今日の告白大作戦は失敗しちゃった……。  でも、こうやって憧れの彼とドーナッツデート? 出来たわけだし。  合格点はムリだけど、及第点を付けてあげようかな、私に。  ── 私の恋の道、まだまだ波乱万丈な、いばらの道かもね。 (了)
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