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第一章 スープ屋と黒髪の魔女 オープニング
きらきらと月の光が川に反射して輝いているのがここからでもはっきりと見える。
見通しがいい高い丘の上に立つ、たぶん、この街一番、大きく、高い建物。
私は今、その大きな建物の屋根に立ち月を眺めている。
ここには高い建物はさほどなく、広い森と遠くに見える小さな家々はファンタジー世界の小人の国のように見える。
ファンタジー、ああ、そういうジャンルが向こうにはあったなー。
ここはそう、ファンタジーの世界、異世界、本の中のものだけだと思っていた世界に今、私はこうして立っている。
満月、この世界においてこれが月なのかどうだかはわからないが星であるのは確かだ。
地球と同じで満ち欠けのある星、名前さえも知らない異世界の星だが、月でいいだろう。
「お月様がきれいだねー」
すると、側で、ウニョ、と子供のような高い声の返事が返ってきた。
月――そう呼ぶのはこの世界で私、たった一人だけだから。
石でできた高い塀に囲まれ、門扉のそばには兵士だろうかおそろいの制服を着た人が立っている。門扉は迎賓館を思い出すような白い鉄柵にこの国のマークのようなものが描かれていて、ライオンのようなものが二匹背をあわせその上には王冠。足元にはハートが上下さかさまに交互に十個並び、中央には剣がばってんに重なっているのだが、意味は知らない。
眼下に広がる庭にはきれいに刈られた迷路のような模様の植木と小さな花壇が左右対称におかれている。
なにもかにも月の光が反射し白く光輝いている。
―― きれい。
ガオー!
何かが吠えたのと同時に目に光が入った。ずっと眺めていたいがそうはいかないようだ。眩しさに左に目を動かすと石の囲いが切れ、木の扉の向こうから光がチカチカとこぼれた。
「リューーー」とかわいい声を出したのはさっき返事をした者が体を摺り寄せてきた。でっかい蜘蛛。でっかいと言ってもそうだな?大型の犬、セントバーナードぐらいの大きさにもなる蜘蛛が目をキラキラ輝かせている。
「うん、始めようか?」
頭は猫の毛のように柔らかい、それをなでた。
さて、仕事をせにゃ。
急勾配の屋根の下、足元には大きく開いた窓。
季節はわからないが、確かに昼間は暑かった、その熱を冷ますように、窓という窓が開いている。この開いているところには人がいる。
狙いはその隣の閉まっている窓のほう。低い建物は石でできているが屋根だけは木でできている。これでも三階建て、落ちたところですりむくだけで済むだろう。
手を伸ばすと自分の肌が妙に白く浮き上がる。下に向かい手を振る。
キラキラと足元が光った。
体を乗り出しもう一度手を振ると、下からも白い手首から先だけが動いた。
時間だ。
蜘蛛の頭を三回やさしくたたくとシュルシュルとお尻からロープ程の太さの糸を出した。カギつきの大きなフックの先をしっかりと屋根に巻き付けた。糸は切り落とせば跡形もなくなる。フックに糸をかけ、しがみつき、足をかけて下りていく。
いくら大きい蜘蛛とは言え私の体を支えるには小さい。この方が彼の負担も少ない。
ザクッ。
もろい外壁の石は、つま先につけた金具がしっかり刺さり、体を支えてくれる。
ガツ、ガツ、ザクッ。
一歩ずつ確実に足を下ろしていく。
開いた窓に足をかけ、そのまま隣の部屋へ。
窓ガラスは高価なものと聞いている。金持ちの住む家。そう決め付けていたが、家は古そうだ。
足を置いた窓がギッと音を立てた。もろい外壁は軽石のようにカリカリと音を立て、触ったそばから崩れていきそうだ。
窓の桟に手をかけたが、もろい、崩れる。
指先でしっかり握れる場所を探し、体を移動した。
ミシッ!
音とともに体ががくんと落ちた。
上を見上げると、下をのぞく蜘蛛に、大丈夫と手を振った。
もろい木がかえって指を食い込ませてくれて、右手で何とか体を支える事ができた。
くそっ!
脚を蹴り上げ、壁に刺さったのを確かめ、やっと左手を窓にかけた。
体を持ち上げ、体制を整える。
住人たちはおきてこないようだ、それに安堵。そのまま左手で、窓を開く。
ギ。
静かに。
ギ。
手をかけた窓を持ち直し、ギーと言う音を最小限にしながら、開いた窓に体を乗せた。
んーしょっと。
窓が開き、体を入れ、糸を二度引っ張る。
そのまま中へ、月明かりで中は丸見え。へへへ、お宝、お宝。案外簡単に入れちゃった。
さて、さて、それではいただきましょうかね。
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