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僕のアパートメントの、白いペンキがところどころはがれた細い窓枠から、暗い夜空が見えていた。
星明りの下で、町を見下ろすようなことはしない。楽しい気分になる光景など、見えるはずもないからだ。
ここは住宅街のはずだが、一歩外に出れば、荒れ地と瓦礫のほうが目立つ。
地面は、だだっ広くアスファルトで覆われている。
青いシャツを着て、薄いコーヒーだけを飲んで、外へ出た。
真っ暗だ。
アスファルトで縦横無尽に固められた道の脇には、済むところのない人たちがいっぱい。でも暖かくて雨が少ない土地なので、なんとか死なずには暮らしていける。
病気にかかるくらいなら死んだ方がましだという人は多い。病院にかかる金は、人名よりも重い。
僕の住む町は、もともと大規模な共同墓地だったらしい。
おかげで、少し地面を掘り返すと、すぐに人骨が出てくる。
日本なんかは火葬らしい。土地の活用という意味で、とても効率的だと思う。骨だけしまえばいいのと、人間まるまる一体分を埋めるのとでは、スペースに天地の差が出る。
なんどか、大規模な都市開発の話は流れてきた。
そして流れるがまま、いつもどこかへ消え去った。
なにしろ、開発のためには地面を掘り返さなくてはならない。大型重機で、誰のものとも知れない人骨を際限なく砕いて工事するというのは、なかなか心理的に難しいものだ。
そうして今、この町は、アスファルトの道路がそこかしこに走っている。
宅地より、野原より、アスファルトのほうがずっと多い。異様な町だ。
真っ黒な地面、真っ暗な空。ところどころひび割れたアスファルトの隙間には、草も生えていない。
町はずれまでくると、大きな看板があった。
ただとにかく大きな木から切り出しただけの、幅広の板。
そこに、「この世の終わりが始まるところ」と書かれている。
それは、この町の外のことではない。この町のことを言っているのだ。
昔、預言者が、
「かの町、Artemisia absinthiumは、この世が終わるその時に、その始まりを告げる場所だ」
と唱えたという。
どうして僕らの国を牛耳る唯一神教の経典は、やたら指示語が多いのか、理解に苦しむ。
神が国語が苦手なのか、人間の人語訳者の学力が低いのか、気になるところだ。
なんでも、この世の終わりというのは、夜が明けなくなるらしい。
そしてこの世に恨みを持つ死者たちが復活して、正者たちに襲い掛かってくるらしい。
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