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第14話「最強の『総務の賢者』」
(UnsplashのCarlos Vazが撮影)
「……そだね、事故だね……しょうがないよ、嘘つきなんだもの」
あたしが言うと、スミレはほんのり涙ぐんだ。
「これで終わったわ。さあ、名古屋観光に行きましょう!」
「まじか? やっぱシャチホコか?」
「シャチホコでもエビフライでも、味噌煮込みでもご案内しますよ」
駅に向かって歩き出したスミレに、あたしは聞いた。
「あのさ、さっき最後に外国語言ったよね? あれ、なに?」
「あー、ヒンディー語よ。罵倒語で、『ウラーナー=くたばれ』っていう意味。
あんまりきれいな言葉じゃないから、むつみは使わないでね」
「……ヒンディー語は、一生、使うことないと思うよ……」
そのまま、3人で名古屋市内を遊びまわった。
夕食はスミレがおごった。新幹線の改札前でスミレはぺこりと頭を下げ、
「いろいろ、ありがとうございました」
「いいって事よ。こっちも遊べたしな。それに礼を言うなら、あのボブのちっちゃい姉ちゃんに言いな」
「ボブ……高瀬さんですか?」
あたしとスミレは顔を見合わせる。山中さんは大きな身体をゆすり、
「ほんとはよ、口止めされてたんだけど、まあいいだろ。
あんたがあの男にだまされているってわかった時、ボブねえちゃんが俺に言ったんだよ。
『彼女はうちの大事な社員です、将来があります。
浮気相手の自宅に乗り込んで、警察沙汰になるわけにはいきません。
穏便に済むよう、助けていただけませんか』ってな。
実は、名古屋へ来る交通費も宿泊代も、彼女が出した。
俺の仕事もあるから金は要らないって何度も言ったんだが、どうしても出すって。
彼女、こういったぜ。
『賢い女は、借りを作らないものです。助けて下さってありがとう』ってな」
「高瀬さんがそこまで……」
スミレは声も出ないっていう感じだった。あたしも同感だ。
山中さんは手をふって、改札を通っていった。どうしても今日じゅうに東京へ戻りたいんだって。大事なカレシが待っているんだそうだ。
階段をあがっていく足取りは、まるでステップを踏んでいるようだった。
いいな。
幸せそうだな。
あたしはスミレに向かって、
「スミレ、大変だったね」
スミレは一瞬だけきれいな顔をクシャ、っとさせて、それから笑った。
「大丈夫、何とかする! モヤモヤした気持ちが晴れただけでもよかったわ。むつみ、ありがとう。次の月曜日はランチおごるからね」
なんとなくほんわかした気分で、スミレと別れた。
そうだ、あたしたちは一人じゃない。
いつだって心強いネットワークに守られているんだ。
最強の『総務の賢者』に。
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