第14話「最強の『総務の賢者』」

1/1
前へ
/41ページ
次へ

第14話「最強の『総務の賢者』」

2a6dbcf2-a172-40ef-b224-17972ff0499a(UnsplashのCarlos Vazが撮影)   「……そだね、事故だね……しょうがないよ、嘘つきなんだもの」  あたしが言うと、スミレはほんのり涙ぐんだ。 「これで終わったわ。さあ、名古屋観光に行きましょう!」 「まじか? やっぱシャチホコか?」 「シャチホコでもエビフライでも、味噌煮込みでもご案内しますよ」  駅に向かって歩き出したスミレに、あたしは聞いた。 「あのさ、さっき最後に外国語言ったよね? あれ、なに?」 「あー、ヒンディー語よ。罵倒語で、『ウラーナー=くたばれ』っていう意味。  あんまりきれいな言葉じゃないから、むつみは使わないでね」 「……ヒンディー語は、一生、使うことないと思うよ……」  そのまま、3人で名古屋市内を遊びまわった。  夕食はスミレがおごった。新幹線の改札前でスミレはぺこりと頭を下げ、 「いろいろ、ありがとうございました」 「いいって事よ。こっちも遊べたしな。それに礼を言うなら、あのボブのちっちゃい姉ちゃんに言いな」 「ボブ……高瀬さんですか?」  あたしとスミレは顔を見合わせる。山中さんは大きな身体をゆすり、 「ほんとはよ、口止めされてたんだけど、まあいいだろ。  あんたがあの男にだまされているってわかった時、ボブねえちゃんが俺に言ったんだよ。 『彼女はうちの大事な社員です、将来があります。  浮気相手の自宅に乗り込んで、警察沙汰になるわけにはいきません。  穏便に済むよう、助けていただけませんか』ってな。  実は、名古屋へ来る交通費も宿泊代も、彼女が出した。  俺の仕事もあるから金は要らないって何度も言ったんだが、どうしても出すって。  彼女、こういったぜ。 『賢い女は、借りを作らないものです。助けて下さってありがとう』ってな」 「高瀬さんがそこまで……」  スミレは声も出ないっていう感じだった。あたしも同感だ。  山中さんは手をふって、改札を通っていった。どうしても今日じゅうに東京へ戻りたいんだって。大事なカレシが待っているんだそうだ。  階段をあがっていく足取りは、まるでステップを踏んでいるようだった。  いいな。  幸せそうだな。    あたしはスミレに向かって、 「スミレ、大変だったね」  スミレは一瞬だけきれいな顔をクシャ、っとさせて、それから笑った。 「大丈夫、何とかする! モヤモヤした気持ちが晴れただけでもよかったわ。むつみ、ありがとう。次の月曜日はランチおごるからね」  なんとなくほんわかした気分で、スミレと別れた。  そうだ、あたしたちは一人じゃない。  いつだって心強いネットワークに守られているんだ。  最強の『総務の賢者』に。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

131人が本棚に入れています
本棚に追加