第15話「結婚、しようか」

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第15話「結婚、しようか」

8c1d2915-a8d2-4143-8410-8b63c921c266(UnsplashのAnnie Sprattが撮影)  あたしはスミレと別れて、自分の部屋へ戻る途中、なんとなく気持ちがすっきりしてきた。  スミレ、やっぱりショックだったんだろうけれど、これで少しは前向きになってくれると思う。  そう考えたら、ちょっと気が抜けたみたい。早く帰ってお風呂に入ろう……。  駅から帰る途中、見慣れた背中に気が付いた。 「えっ、爽太さん??」  ……何をしているんだろう、電柱をじっと見てる?? 写メ撮ってる???  あたしはそっと近づいて声をかけた 「……爽太さん??」 「えっ、あ、むつみ。お帰り」  振りかえった爽太さんは、いつもののんきな顔つき。 「ただいま……ごめんね。今日、約束していた?」 「いや、ちょっとむつみに会いたくなって、部屋に行くところだったんだ」 「ふうん……写真、撮っていたの?」 「うん、あ、むつみ、そこに立てよ」  爽太さんはあたしを電信柱の前に立たせて、写メをとった。  そういえば、爽太さんにはこれといった趣味はないんだけど、ときどき変な写真を撮りたがる。  たとえば今どきめずらしい公衆電話。強化プラスチックの箱型で、エッチなチラシや『今スグ5万円 貸します』みたいなビラが貼ってあるところ。  古い電信柱も好きだし、トタン壁の古い家も撮影する。  ……意味が分からない。  でもまあ、他人の趣味なんて、そういうもんだし。 「ああ、お腹空いた。メシくおうよ、むつみ」 「あっ、ごめんなさい。あたし食べてきちゃった」 「ええ~。一緒に食おうと思ったのに」  爽太さんががっかりしているので、部屋に入れて台所で食材を探してみた。  やっぱり何もない。 「材料がないからなー」 「何かあるだろ。俺、自分で作るよ」  爽太さんは料理もうまい。ほんと、こういう男って貴重だわ。  彼はキッチンの隅から古いスパゲティと鷹の爪、オリーブオイル、にんにくを見つけて、さっそくお湯を沸かしはじめる。その姿を見て、なんかほほえましくなっちゃった。  一緒にいて、気持ちが暖かくなる人。  結婚するならこういう人よね。  あたしも部屋着に着替えて、料理を手伝う。 「あれ、スパゲティの量多くないか、むつみ?」 「うふふ、あたしも少し食べようかなあって」 「太るぞー。ま、少しぐらい太っても俺はOKだけど」 「甘やかさないでよ、あたし気を抜くと限界なしに太るタイプなのに」  こんなことを言い合いながら、一緒にペペロンチーノを作る。  楽しい。  好きな人と一緒に何かをするって、こんなに楽しいんだ。  ふと、今日はじめて会った山中さんの事を考える。  言葉が乱暴でぐいぐい来るのに、距離の取り方がうまいヒトだった。本当に賢いっていうのは、周囲にさりげない気配りができるってことだ。  爽太さんはきっと、そういうひと。  だからあたしは彼と結婚したい。  爽太さんはどうなんだろう……。 「むつみー、熱いスパゲティをざるに出すから、シンクからどいてー」 「はあーい」  ざっ、と爽太さんが熱湯とスパゲティをだす。  アツアツの、湯気が立っているスパゲティが一本飛び出して、あたしの手に当たった。 「あつっ!」 「あっ、大丈夫か、むつみ!? 見せてみろ」  爽太さんはあたしの手を大事そうにとって、赤くなった部分を見た。 「すぐに冷やせよ、アトが残るぞ」  そう言って冷凍庫の保冷バッグを手早くキッチンペーパーにくるんで渡してくれた。あたしは素直にそれを火傷の部分にあてる。 「痛いか?」 「そうでもない、ありがとう」  そういうと、ふっと、爽太さんは手を止めた。そして床に落ちたスパゲティをきれいに洗って、 「むつみ、左手をだして」 「うん? なに?」  そのまま、くるん、と薬指にスパゲティを巻き付けた。 「結婚、しようか」  ……わお。
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