第16話「あー。  ソレ、忘れてた」

1/1
前へ
/41ページ
次へ

第16話「あー。  ソレ、忘れてた」

999cb13d-19d8-4495-ac58-1767452b26a2(UnsplashのCrewが撮影)  リアルなプロポーズは想像していたよりずっとロマンチックじゃないけど、ぶわ、と涙が出てきた。 「えっ、泣く!? ここで泣く?? ダメって事?」  爽太さんがおろおろと聞く。なんだかそれもおかしくなって、あたしは笑いだした。 「だめじゃないよ、なんか、思ってたのと違って……」 「あー。そうだよな。ほんとは別の場所でって思ったんだけど、ほら、ちゃんとむつみのご両親に挨拶してから指輪を買おうと」  爽太さんは恥ずかしそうにあっちをむいた。  あたしはしみじみと左手の薬指に巻かれた薄黄色いスパゲティを見る。  結婚するんだ、あたし。  ……結婚するんだ、あたし!  ふわふわとした気分でいたら、爽太さんが言った。 「むつみ、スパゲティがちょっと堅かったみたいだ」 「大丈夫、そのうち伸びるよ」  こんなくだらない会話も、プロポーズのあとだと思うと、キラキラと輝いているかんじ。  あたし、この人と結婚するんだ。『青井むつみ』になるんだ!  あらためてそう思ったら、もう、世界が違ってた。  これからはもう、あたしはひとりじゃない。  爽太さんだって一人じゃない。  あたしたちは、二人で一人だ。 「でさ、来週あたり、ご挨拶に行こうと思うんだけど」 「来週!? 早くない!?」  思わず聞き返すと、爽太さんは、 「だって、むつみの家、『婿』がほしいんだろ?   いろいろ相談することもあるから、早い方がよくないか?」  あー。  ソレ、忘れてた。  この結婚、あたしが『青井むつみ』になるんじゃないんだ。爽太さんが『門脇爽太』になるんだ……・。  あたしは一人娘。家を継がなきゃいけない立場なのを、忘れてた……。  救いは、爽太さんが嫌がっていないって事かな。  ペペロンチーノを食べ終わり、爽太さんはころん、と横になった。 「はー、腹いっぱい。後から片付けるから、置いとけよー、むつみ」  そう言いながら爽太さんはうとうとと、眠りはじめた。よっぽどつかれていたみたい。手の中なら、そっとスマホを抜いてテーブルにおいてあげる。  一瞬だけ、画像が見えた。  相変わらず、古い電信柱と古い家のブロック塀の写メ。べたべたチラシが貼ってある。そのすきまに、あたしの横顔。  あたしの顔はピンボケ。ピントは背景にあっている。  いつもそうなのよね、爽太さん、写真撮るのへたくそなのよね。  そんなことすら、今日はいとおしく見える。  ちょっとだけ、いたずら心。  あたしはその画像や、そのほかにピンボケのあたしが写っている写メを自分のスマホへ送った。  いつか、子どもに言おう。パパとママ、プロポーズの日にこんな写真を撮ったんだよ、って。  そして三人で笑うんだ。  あたしはスパゲティの皿を洗いながら、思わず鼻歌を歌っていた。 『オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』  そうだ、これからあたしたちは、明るい表通りをゆっくり歩いていくんだ。  ふたりで。  この話、月曜日にスミレにしてもイイかな?  まだちょっと、早いかな……??
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

131人が本棚に入れています
本棚に追加