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第19話「総務・経理上の事務処理」
(UnsplashのArtsy Vibesが撮影)
高瀬さんの言葉を聞いて、ほーーっと肩の力が抜けた。隣にいたスミレが笑う。
「ほらね、青井さんなら大丈夫だって言ったでしょ?」
「うん……ありがとうございます、高瀬さん。予約してないのに、計算していただいて」
「いいえ、ついでですから、かまいません」
そういって電卓とエントリーシートをバッグに片付ける。
もう一度きちんと背筋を伸ばすと、
「あらためて、ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとうございます。本当に、安心しました」
すると高瀬さんはコーヒーに伸ばした手をふと止めた。
「青井さんは、門脇さんのご実家に『婿養子』に入られるんですね?」
「はい、あたしは一人娘で、両親がどうしても養子を希望していて……あの、それがなにか?」
ドキドキしながら尋ねると、高瀬さんは真面目な顔で、
「いえ、総務・経理上の事務処理のことを考えていました。
結婚後は、名前が変わるほうにいろいろな手続きが発生します。
一般的には女性側が名前を変えるのですが、今回は青井さんに手続きをお願いすることになります」
「あ、そうか。むつみが『青井むつみ』になるんじゃなく、青井さんが『門脇』になるのか」
スミレも初めて気が付いたようだ。
そう、養子に入ってもらうということは、いろいろと面倒なのだ。
「青井さん、思いきったなー」
とスミレがしみじみ言う。あたしも同感だ。
男女同権とか何とかいうけれど。あれこれと古いスタイルがいまでも確固として存在しているのが名古屋という土地柄だ。
古くさいと感じることもあるけれど、その中で生きている以上、ある程度はなじんでいかなきゃいけない。
「いろいろ大変だけど……二人でがんばろうと思って」
「むつみは、しっかり者の奥さんになるわよ! とにかくおめでとねー」
スミレの言葉に高瀬さんもうなずき、
「私も、そう思います。青井さんも良い方みたいなので……ただちょっと。あの『趣味』だという写メは不思議でしたけど」
高瀬さんは首をかしげた。
このひと、こんなふうにするとちょっと小鳥みたいでカワイイ。年上の先輩に対して『カワイイ』だなんて、失礼かもしれないけれど。
まあ、今はあたしの世界がバラ色なのでそう思うのかもしれない。
「電柱や塀、田んぼの中の看板もありましたね……季節も場所もあんまり統一感がなくて。テーマは何でしょうね?」
「妙なレトロ感のあるものが好きみたいです。カンバンとかチラシがあると、すぐに撮っていますよ」
「えー、なになに。見たいな」
あたしはスミレにも爽太さんの写メを見せた。ほとんどの写真は彼のスマホから許可を得て、あたしの方へ送ったものだ。
「なにこれ? ときどきむつみが写っているけど、そっちはピンボケ。背景の看板のほうがくっきりしてるね」
「撮影がへたなのよ」
他愛もない事を話しながら、嬉しくて、ちょっと涙が出てきた。
あの元カレと別れて8カ月。26歳のうちに結婚が決まった。
あとは爽太さんと二人で頑張るだけ……!
幸せは願うだけじゃダメなんだ。
自分で引き寄せないと……。
スミレと高瀬さんと三人で笑いながら爽太さんの写真を見ていると、心の中がほのぼのしてきた。
よし、幸せになるんだ、あたし。
がんばるぞ!
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