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第24話「捨てられた犬、みたいな」
(PDPicsによるPixabayからの画像)
スマホの向こうで、スミレが呆れた声をだす。
「ライムペイ……? 何言ってんのよ、むつみ。
とにかく状況を教えて? 何がどうなっているの?」
「どうなっているか、あたしにも、わからない」
「なんなのよ、いったい……あのね、とりあえずタクシーで、うちへきて。
青井さんがへんなメッセージを送りまくっているのよ」
『青井』という名前を聞くだけで身体がふるえた。
理由のない暴力というのは、こんなにも簡単に人の精神を破壊できるんだ……。
タクシーがスミレの部屋へ着くまで、まるで真っ黒なゼリーの中をかき分けているみたいな気がした。
漆黒の闇。
終わらない墓標のような電柱。
点滅を繰りかえす信号。
まるでホラー映画だ。
そしてホラー映画の仕上げは、痛みと先の見えない恐怖だ。
いったいこのタクシーは、どこへ行くんだろう……。
ってか。
あたし、ライムペイ、チャージしてあったかしらん。さっき、デニムのポケットを探したら財布はあったけど、お金はほとんど入ってないのよね……。
スミレの部屋はセキュリティのととのった高級マンションだ。実家が裕福だから家賃は親持ちらしい。
部屋にあがるとスミレが息を飲むのが分かった。
「……ひどい顔」
「なんでわかったの? 顔にあざはないでしょ」
「あざ? ちがうわよ、顔色がひどいし髪もばさばさ……」
「髪、切られたの。お腹も蹴られたし」
「はあ? いったい何が起きたのよ」
「わかんない」
温かい紅茶を飲んで、やっと震えが少しおさまってきた。スミレはあたしの様子をうかがいつつ、今の状況を説明した。
「さっき、青井さんからメッセージが来たの。びっくりして、アンタに電話したのよね。どうも社内グループ全員に送ったみたいよ、コレ」
スミレのスマホを見ると、たしかにメッセージが来ていた。内容は、
『むつみが突然、メンタルめちゃくちゃになって、僕を殴って家を出ました。
僕はケガをしています。大変なケガですが、それよりむつみが心配です。
むつみから連絡があった人は至急、僕に知らせてください。
今夜の彼女、言っていることがめちゃくちゃだと思います』
最後に自撮り写真が添付されていた。
あたしが振り回したベルト金具が当たった傷は、ぜんぜん大きくなかった。
でも、その写真は捨てられた犬みたいなかんじにうまく加工されている。事情を知らない人が見たら、被害者だって思うだろうな……。
スミレが尋ねる。
「それで、ほんとうは何が起きたの?」
あたしはゆっくりとすべての事を話した。
結納が延期になったこと。
理由は親戚の危篤であること。
それを伝えたら、いきなり豹変したこと。
とにかく『予定通りの結納・結婚』にこだわっていたこと。
それから、髪を切られて、さんざんお腹を蹴られたこと。
ここで、スミレにお腹を見せた。
自分でもはじめて見たんだけど、愕然とした。
赤黒いあざがお腹いっぱいにある。スミレによれば、背中にもあるらしい。腰にも。
みみずばれになっているところもあるし、腫れあがっているところもある。
とにかくもう、生まれて以来、見たことがないような打撲痕なのだ。
スミレが言った。
「むつみ、これ、病院へ行かなきゃ」
「こんな時間に病院なんて……」
スミレは少し考えて、電話をかけはじめた。
「あ、おじさん? こんばんわ。あのね患者がいるの。
かんじゃ、ペイシェント、patient!
は? ドイツ語で言え? Geduldigよ!!」
それからしばらくやり取りをして、スミレは電話を切った。
「すぐに医者が来るから」
「えっ?」
「あたしのおじさん、医者なの。
このマンションの別フロアにいるからすぐに来てくれるわ」
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