第27話「門脇むつみ!  扉を、開けろおおおおっ!」

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第27話「門脇むつみ!  扉を、開けろおおおおっ!」

2e01e58d-d79b-4804-a3d7-7dfb0eafb84c (UnsplashのAllef Viniciusが撮影)  あたしは機械の前に行って、おそるおそる返事した。 「……スミレ?」 「そうよ! ああよかった、やっと連絡がついたわ。  あんた、スマホの電源切りっぱなしでしょ?」 「うん……」 「いいんだけどさ、  高瀬さんから  『連絡を取る手段はありませんか?』って聞かれて、  ようやくこのペットカメラを思い出したわけ。  役に立ったわー、年前に死んじゃったウサギ用のカメラなんだけど」 「ああ、これペット用カメラなのね」 「ホントは映像も出るのよ。  意外なくらいキレイにピントが合うから、うさこちゃんの毛並みまで見えたんだけど。  使い方をわすれちゃった。  まあ今は、声だけ聞こえればいいわ。  むつみ、ちゃんと食べてる?」 「うん、たべてる」  うそだけど。まだ何にも食べられないけど。  スミレは今朝、出発したばかりなのに、もうあたしのことを心配してくれている。  涙が出そう、友人ってありがたいな。 「ほんとはたべてないんでしょ。それは後にして……  ね、エントランスからのインターホンが鳴っているでしょ?  ドアを開けてあげて、『賢者』が来ているのよ」 「『賢者』……高瀬さんが?」  あたしは立ち上がり、インターホンカメラを見た。  そこにはいつもの高瀬さんがまっすぐに立っていた。  耳の下までのボブ。白いシャツ。紺色のスカート。  A4サイズがすっぽり入るバッグを肩にかけて、仕事帰りなのにシャキッとしている。  その横でぴょこぴょこしながらカメラを覗き込んでいるのは、経理課の若林課長。 「高瀬さん……課長……なんで」 「なんで、じゃないわよ! あの二人、心配してきてくれたんじゃないの。  あんた、無断欠勤してるでしょ。  ほんとはクビになってもおかしくないんだけど、若林課長が手を回して病欠扱いにしてくれているんだって。  中へ入れて、ちゃんとお礼を言いなさいよー。  あっ、まずい、もういかなきゃ。ミーティングがー。  北京のスタッフは時間に厳しくて―!!」  ぶちっ、とペットカメラからの声は消えた。  あたしはインターホンカメラを見る。  高瀬さんと若林課長……ありがたいけど、まだ、人に会う気にはなれない……。  あたしの指は、ロック解除のボタンまでとどかない。  だらりと垂れ下がったままだ。  腕に力も入らない。  だって。  こわいんだもの。  他の人が……自分が理解していると思っていたひとがいきなり凶変するところを、あんなふうに見せられたら、こわくてこわくて、もう人になんか会いたくない。  ……バックレよう。  スミレには悪いけれど、バックレよう。  そう思った時、インターホンカメラにガバッ! と高瀬さんの顔がアップになった。  画面からはみ出しそうな顔。  いつもまっすぐに整えられているボブの髪をくしゃくしゃにして、高瀬さんはカメラいっぱいに顔をくっつけていた。  声が聞こえる。  ……信じられないほどに、バカでかい声が。 「三ツ星機械、総務部・経理課、門脇むつみ!  扉を、開けろおおおおっ!  逃げるな、消えるな、ごまかすな!  今すぐにここを開けろおおおお!!」  ……だれ、これ。  え、高瀬さん??? の言葉じゃないよね?  いつも冷静沈着で、どんな恋愛相談を受けてもクールに『ダメンス係数』を計算する『総務の賢者』とは思えない。  ド迫力の声と顔。  あたしは、あっけにとられて固まった。  インターホン画面いっぱいの顔が、ちょっとだけ引いた。すきまに若林課長の顔が見える。 「あー、門脇さん? ここ、開けてくんないかな。  このまま放っておくと、この人、エントランスを壊しかねないよ。  本気になったら、ナニやらかすか、わかんない人だからねえ」 「じゃかまっしい! はなせ、バヤ!!」 「いてっ、なぐるなよ、(なぎ)ちゃん! あっ、その辺のボタン、適当に押さないで!   きみは機械音痴だから知らないだろうけど、緊急用ボタンとかセキュリティ会社が走ってくるボタンとか沢山ついているだから!」  たいへん。家主のスミレがいないときに、そんな騒ぎを起こすわけにいかない。  あたしはあわてて、インターホンの通話ボタンを押した。 「開けます! 今すぐエントランスロックを解除しますから、そこ、壊さないでください、高瀬さん!」  ロック解除ボタンを押す。画面には、若林課長に羽交い絞めにされ、引きずられるようにエントランスへ入っていく高瀬さんが見えた。  若林課長の手には、なぜか巨大なレジ袋が握られていた。  そして高瀬さんの目線は、まだカメラに向けられている。  ……えっ。  にやっとした??  高瀬さんの鋭い目は、かすかに笑っていた。 『手のかかるおバカな後輩め』とでもいうように……。
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