第28話「悔しくないの?」

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第28話「悔しくないの?」

47e4c2f0-869e-41e9-a664-d691245fe099 (UnsplashのVero Manriqueが撮影)  スミレの部屋で、若林課長は持ってきたコンビニ袋から、ガサガサと大量のお菓子やペットボトルを取り出しながら言った。 「はー、とにかく会えてよかったよ」 「……はあ」  高級マンションにまったく似つかわしくない二人。  そう考えたら、あたしだって似つかわしくないんだけど。  とりあえず、ぺこりと頭を下げた。 「あの、すみません、ご迷惑をかけてしまって」 「うん、いいんだけどさ。あ、コップあるかな、ジュース飲むからさ」  キッチンからコップを持ってくると、若林課長は三つを並べてジュースをきっちり三等分した。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 「はい、凪ちゃんも」  高瀬さんは、じろりと課長を見ただけ。  この目線、別の意味でこわいな……。  あたしはジュースのコップを見ながら、思い切っていった。 「ご迷惑ついでに、このまま退職届を持って行ってください。あたし、会社を辞めます」  あれから、ずっと考えていたことだ。  スミレによれば、婚約がダメになったこと社内中に知れわたっている。  あれだけ交際も婚約もオープンにしていたから、ざまあみろと思っている人も多いだろう。  それに、他の人の視線が怖すぎる。  みんなはあたしが暴行の加害者だと思っているんだから……。  このまま辞めるのが、最善の策だって思う。  そのとき、高瀬さんが言った。 「なんで、やめるんですか」 「だって……こんな騒ぎになって……あたし、会社も仕事も大好きですけど、どうしようもないです……。  こわいし」 「……こわい? 何が怖いんです」  高瀬さんの声はいつものように冷静だ。  さっきのエントランスでの騒ぎは、何だったんだろう?  あたし、悪い夢でも見たのかな?  そこへ高瀬さんが、ザクッとぶった切るように言った。 「いっぱしの大人が、怖いから会社へ行けないなんて」  あたしはムカッとする。 「だって、怖いでしょう!?   結婚するつもりだった男に、いきなり髪を引きずられてハサミで切られて、あげくにお腹も背中もあざだらけになるまで蹴とばされて。  次は殺されるかもしれない。  会社だろうが何だろうが、もう二度と、あの男には会いたくありません!」  あたしと高瀬さんがにらみ合う。  そんな時に、ズズズズぅっと、ジュースをすする音が部屋に響いた。  若林課長……タイミングとか、空気読むとか、しないんだなこの人……。  高瀬さんはますますクールに言い放つ。 「そうやって逃げて、何か解決するんですか。  あなたは同棲していた婚約者に暴力をふるうような人間として見られたまま、職を失うことになります。  相手には、何のキズも残りません。  それでいいんですか。悔しくないんですか」 「……くやしいです……」  ずぞぞぞぞうっ!! 「あなたが自宅から逃げ出した直後に、青井さんが社内グループ全員へ送った画像付きメッセージは見ましたか」 「……見ました」 「あの後からも、どんどんメッセージが来るんです。  バヤさん、スマホを貸してください」  ぽい、と課長はスマホを高瀬さんに渡した。
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