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第29話「この世は虚言と真実でできている」
(UnsplashのAndrey Zvyagintsevが撮影)
高瀬さんが、スマホのメッセージ画面を開く。
「このあたりのメッセージですね。
『これまでも何度か暴力沙汰になったことがある。でも自分としては結婚するつもりだったから耐えていた』
『だんだん結婚する気もなくなっていたが、暴行が怖くて別れようと言えなかった』
『ついには婿養子を強要された』
『僕は被害者です。でも彼女を責める気持ちはありません。愛情の形は人それぞれだから』
こんな感じです」
「……あたし、暴力をふるったことなんてありません!
それに結婚だって、あっちから言い出したんですよ。
うちは婿養子が大前提だって言ったら『それでもいい』って……。
あれ、全部嘘だったんですか!?」
「嘘です」
高瀬さんはどこまでもクールだ。
同時に、ばりっ、ばりばりばりという音。今度はポテチの袋が開いたみたい。
ずざああああっ。
あ、若林課長、ポテチは『飲む派』なんだな……って、そんなこと、どうでもいい!
あたしは何もかも全部に、腹が立ってきた。
こんな目に合わせた、バカ男にも。
目の前で冷たい事を平気で言えるお局様にも。
その隣でバクバクとお菓子を食べまくっているヘンな課長にも。
そして何よりも、暴力の記憶におびえておびえて、一歩も外へ出られなくなっている自分自身に、腹が立ってきた。
おもわず叫んだ。
「わかってる、わかってます!
このままあたしが黙って会社を辞めるのは、あっちの思うつぼなんです!
でもこれって、あたしに対する罰でもあるんじゃないですか?
これまでもずっと、どこかおかしい、って感じてた。
どこかに違和感があるって思ってた。
だけどぜんぶ気のせいだって、自分に言い聞かせてました。
だって、あたし――」
ぶわっと涙が出てきた。あの日から止まったきりだった涙腺が、一気に活動過多になったみたい。
「あたし、幸せになりたかったんだもん!
やさしい旦那さん、かわいい子供、恵まれた仕事、家族。
ぜんぶぜんぶ、欲しかったんだもん!
欲しいものが目の前にあれば、ちょっとした疑問に目をつぶるのが、女でしょう。
そうじゃないですか!?」
「ちがうっ!」
ばっ、と高瀬さんは立ち上がった。
「バヤ! ちょっと外に出ていて!」
「えー、これから期間限定、イチゴ味ホッキ―を食べるとこなんだよ」
「箱ごとホッキ―を持っていけ!」
高瀬さんはコンビニ袋を若林課長に押し付け、蹴とばして部屋から出した。
あたしを見る。
「門脇さん。
この世は虚言と真実でできています。
ただし、虚言がすべてあやまちで、真実だから正しく美しいわけじゃない。
大事なことは、美しくも正しくもない事実を積み上げて、今、現実に起きていることをそのまま受け入れることです」
そう言うと高瀬さんは、いきなり白いシャツのボタンをはずしはじめた。
え、やだ。
何をするっていうの……?
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