第3話「爽太さんの、妙なスイッチ」

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第3話「爽太さんの、妙なスイッチ」

ca86ead4-b593-4700-afd5-cc5237679db7(UnsplashのDIEGO SANCHEZが撮影)  「はあああ、むつみって料理うまいよなー。こんなカノジョがいて、オレ、ほんとにしあわせだあ」  夕食を終えた爽太さんは、1LDKの部屋でコロン、と転がった。  170センチの身体にはちょっと狭い部屋なんだけど、ノンビリとくつろいでくれているのが分かって、うれしい。  あたしはちょっと笑って、   「おおげさ、爽太さんったら」 「だって、ホントにうまかったんだよ。  あ、皿は置いておけよ。腹が落ち着いたら、オレが洗うからさー」 「ありがと」  とりあえず、テーブルの皿を重ねておく。  うふふ。ほんとに大げさ。だって特別なものを作っているわけじゃないもの。  今日のメニューは野菜炒めと豚汁、冷ややっこ。  手の込んだ料理じゃないし、あたしは料理上手なわけじゃない。  だけど爽太さんはいつも美味しいって食べてくれるし、食後の皿洗いも嫌がらず、自分から言いだしてくれる。  今はのんびりとスマホを見ているけど、もう少ししたら本当に全部の皿とフライパン、鍋まで洗ってくれる。  ……こういうまめさは、結婚してからも続くかしら?  確認のためにも結婚する前に一緒に暮らしておきたいけど、難しいかなあ。うちの親、そういうところは厳しいからな。親戚の眼もあるもんね……。  ぼんやり考えていると、爽太さんが笑っていった。 「そうだ、覚えてる? 付き合い始めてそろそろ半年になるんだよ」 「あ、ほんとだ」 「そうだよー。そういうことって、女の子は忘れないと思っていたけど、むつみは忘れるね。そういう所がすきだな」 「付き合って半年たっても『好きだな』と平気で言える爽太さんがすごいと思うけどね」 「そうかな、男は大事な女の子にはちゃんと言うよ。  さて、皿を洗っちゃおうかなー。むつみを『食う』前にね」 「もー! そういういい方オジサンっぽいよ」 「むつみより2歳も年上だから、オジサンだよ」  立ち上がった爽太さんはニヤリと笑って、皿を洗いはじめる。  水音を立てながら、 「さきにシャワーに入って、むつみ」 「うーん。今日はあたし、そんなに汚れてないけどね……」  シャワーに入るのが面倒な気分でそういうと、爽太さんの両肩がぴくっと動いた。  ……やばい。  そう思ったけど、爽太さんの口調はまだのんびりしていた。 「入っとけよー。オレは後で入るから—」 「んー、でもー」  今度こそ、ぴたり、と水音がとまった。爽太さんは向こうを向いたままで、 「」 「……うん」  たちあがってユニットバスへ行く。  服を脱いでシャワーの湯を出しはじめた時、キッチンの水音が再開した。  あたしはため息をつく。  爽太さんには、妙なスイッチがある。  いったん自分がきめたルーティンからあたしがはずれるのを、すごく嫌がるのだ。  たとえば、夕食の買いだしと料理はあたしの役目。  皿洗いとゴミの片づけは爽太さん。  そしてベッドに入る前には、必ずあたしがシャワーを浴びて歯を磨くこと。  爽太さんは『サキ』に歯を磨き、『アト』にシャワーを使う。  いっこいっこは些細なことなんだけど、ぜったいに変更しちゃいけない約束事だ。  まあ、これくらいのこだわりは男にはあるものよね……。完全無欠な人なんていないんだし。  ただし問題は、このアトにもある……。  あたしが食後に入浴したくないのも、ぐずぐずするのにも意味がある。  爽太さんは、アレがうまくないの……
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