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第30話「ダメンズ係数の理由」
(UnsplashのArtem Ivanchenckoが撮影)
あたしは目の前でシャツを脱ぎはじめた高瀬さんをあわててとめた。
「高瀬さん、なにを……」
「事実を、事実のまま受け入れなかったバカな人間を見せるのよ」
「わわっ! ちょ、高瀬さん、それは……え……っ」
高瀬さんのシャツの下には、なめらかな白い肌が隠されていた。
だけど、よく見るとお腹のあたりに3つの傷跡がある。
みぞおちにひとつ、右側にひとつ、おへその横にひとつ。
それは白い夜空に浮かぶ暗黒星雲みたいに、不幸な三角形を作っていた。
高瀬さんは淡々と言った。
「むかし、大変なクズ男にだまされたんです。
既婚者の上に二股、三股。
お金をむしり取られ、暴力も受けました。
これは手術痕です」
「しゅじゅつ……何をされたんです、高瀬さん」
高瀬さんは丁寧にシャツを着なおしながら言った。
「副業で風俗をやれと言われて断ったら、あばらを折られて内臓が破裂しました。
だから今、私には脾臓がありません。
摘出したからです」
「……そんなことが……」
あたしはうなだれた。
なんてこと。高瀬さんはあたしが直面していると思っていた地獄より、はるかに深い地獄に落ちたことがあるのだ。
ダメンズの怖さを、身体で知っている。
事実をありのままに見ない恐ろしさを知り尽くしていたのだ。
きちんとシャツを着た高瀬さんは、まっすぐにあたしを見た。
「ときには、事実をまっすぐに見るのがつらい時があります。
自分の要望どおりの形にゆがめたくなる時もあるでしょう。それが人間です。
でも、事実をそのまま見ることで、今の自分の立ち位置がよくわかります。
このまま進んでいいのか、いったん止まって思考と感情を整理したほうがいいのか。
その決断は本人にしかできません。
私は、皆さんの決断をほんの少しでもいいから助けたいと思います。
だから『係数』を計算させていただいているのです。
……でも」
高瀬さんはここで言葉を切り、じっと考え込んだ。
「門脇さんのケースでは私の算出した係数が正しくなかった……。
見えている事実をベースに、正確に計算したんです。
データは十分にあったし、これまであの計算方法で大きく間違ったことはありません。
今回にかぎり、何かが大きく間違っていたのです……。
その間違いが、あなたをこんな所へ連れてきてしまった。
もっと早くに食い止めることができたはずなのに。
反省しています。申し訳ないです」
深々と頭を下げられて、こっちが恐縮する。
わたわたしていると、あの明るい電子音がふたたび響いた。
ピラララアン♪
ピラララアン♪
スミレのペットカメラだ。
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