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第33話「決戦は12時10分、営業二課にて」
(UnsplashのHadi Yazdi Aznavehが撮影)
社内に入った瞬間から、あたりがざわめくのが分かった。
なにしろあたしは最悪の意味で『時のヒト』なのだ。
同棲していた婚約者に暴力をふるい、結婚を強要し、あげくにケガを負わせたバカ女だと思われている。
一歩あるくごとに、ひそひそ声が聞こえた。
おもわず背中が丸くなりそうになる。
逃げ出したくなる。
隣の高瀬さんが小声で言った。
「一ミリでも引いたら負けですよ。
あの人たちは事実を知りません。憶測で考えているだけです。
事実ほど、強いものはない。
あなたはあなた自身に愧じない行動をとれば、それでいいんです」
「……はいっ」
総務室に入っても、ひそひそ声はやまなかった。
だけど、あたしにはもう怖いものは無い。
だってあたしは、事実を知っているのだから。
ダメンズが隠し通そうとしていた事実を、探り当てたのだから。
……ま、探したのも推理したのも、高瀬さんだけどね。
午前中は、なんとかクリアした。
あたしが出勤しているという噂はたちまち社内を駆けめぐり、ふだんは経理に用がない部署の人までわざわざ総務室にやって来た。
……みんな、ヒマなのね。
そのたびに、毅然として顔を上げた。
背骨が折れそうになっても、丸めない。
……できないよ、そりゃ。
だってあたしの後ろには『総務の賢者』がいて、ちょっとでもひるむ様子を見せたら、三角定規が飛んでくるんだから……。
あれ、カドがあるから当たると痛いのよ、まじで。
そして、運命の12時10分。
昼休みの開始と同時に、あたしと高瀬さんは立ち上がった。
決戦だ。
めざすは敵地、営業二課。
あたしはくっきりと顔を上げて、必要書類をもって歩きはじめた。
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