第34話「……よっしゃ。こっちも、本気で行くわ!」

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第34話「……よっしゃ。こっちも、本気で行くわ!」

b7517d35-9649-4b34-8f38-48ffa20020d4(UnsplashのAli Pazaniが撮影)  営業二課で、最初の火ぶたを切ったのは、高瀬さんだ。 「失礼します、営業二課の青井爽太さん。届出の事でお話があります」 「え? はい、青井です。……あ……」  すごい勢いで、営業二課の空気が揺れた。  あたしがいることに全員が気づいたからだ。  高瀬さんは冷静な声でつづけた。 「以前、提出された『住所変更届』なのですが、こちらは当該住所の賃貸契約が昨日をもって解約されました。  月末以降は住めなくなります。提出された届は、どうされますか?」 「あ……じゃあ……撤回します」  嘘つき男は、ちょっと困ったように言った。  そりゃそうよね、自分の部屋を解約して、あたしのところへ転がり込んできていたんだもの。  おあいにくさま。  あの部屋は昨夜、若林課長が不動産屋をたたき起こして。解約書類を出したわ。  月末が過ぎたら住むところもなくなるわね。ざまあみろ。  そんなあたしの『ざまあ妄想』に関係なく、高瀬さんは淡々と、 「では、あらためて現住所が必要になります。どこでしょうか」 「あの、これから物件を探しますよ……まさか、こんなことになるとは思っていなかったので」  クズ男はちらっと高瀬さんを見た。  ちょっと気の弱そうな、誠実そうな顔。  ちかくにいる営業二課の女の子たちが、気の毒な表情で見ている。  そりゃだまされるわよね、あたしだって、明るい良い人だと思っていたんだもの。  でも、事実は別の場所にある。  それを今から、とっくり教えてさしあげるわ、営業二課の皆さん。  あたしはずいっ、と一歩前に出た。  ダメ男の正面に立つ。ひるまずに、にらみつける。  相手は良いヒトっぽい顔の下に、ふてぶてしい態度をのぞかせている。  ……よっしゃ。  じゃあこっちも、本気で行くわ!!! 「新しい賃貸物件、借りられるんですか?」 「……えっ?」  意外な点を衝かれたように、ダメ男、青井爽太はびくっと震えた。  そのふるえ、他の人には気づかれないんでしょうけど。  あたしは見逃さないわよ。  するり、とあいつの目の前で、指を一本立ててやった。 「保証人もいない、クレジットカードもない。  そんな状況で、賃貸契約を結べるんですか?」
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